聖書の学び  出エジプト記38章~40章 神様が共にいて下さること | ester-chanのブログ

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聖書を読んで示されたことを記しています。礼拝でしたメッセージや聖書の学びの内容も載せています。

 「イスラエルの人々は主がモーセに命じられたとおりに、すべての作業を行った。」(39章42節)とあり、詳細な指示通りに民は幕屋建設のための必要な物を完成させたことが記されています。40章では第一の月の一日にそれらを組み建て、配置し臨在の幕屋を建てるようにと主が言われたとあり、また祭司として幕屋で仕えるアロンとその子らに油を注いで聖別するように主はモーセに命じました。

 こうして幕屋が完成すると、幕屋を雲が多い、主の栄光が幕屋に満ちた(40・34)と記されます。この幕屋は、一つの場所に固定されず、雲が幕屋を離れると民は旅に出発し、幕屋を解体して、次の宿営場所へ運ばれ、再び組み立てられるという、テント方式であります。以後、雲が幕屋の上にあるときは神が彼らと共におられ、民もそこに宿営し、雲が離れると出発する時として、イスラエルの民が約束の地、カナンまでに荒野の旅において神様は民を導かれました。ここで雲は神様の臨在を示しています。

 現代に生きる私たちは、神様が臨在してくださっていることを目に見える形では認識できないかもしれません。しかし、イエス・キリストの父である、神様を信じる者は心に神様の霊、聖霊が与えられ、それが私たちのこの世の旅路を導いてくださることが、新約聖書に示されています。つまり、わたしたちとともに臨在してくださるのです。神の子イエス様の名前は、「インマヌエル」といい、その意味は「神は我々と共におられる」(マタイによる福音書1章23節)です。今回で出エジプト記の学びは終了となりますが、出エジプト記では民がエジプトの奴隷状態から救われたこと、神様と民が契約を結んだこと、そして幕屋という神様が民の真ん中に臨在し、民がそこで神様を礼拝する場所が与えられたことが記されていました。これらは、現代に生きるわたしたちにも関連することで、いわば、先に神様が計画されていることの型を何千年も前に、イスラエルの民を通して記してくださっているといえるでしょう。神の御子イエス・キリストの十字架の贖いによって、私たちは罪と死から救い出され、そして、イエス・キリストを救い主として信じることで、神様とイエス様の血による新しい契約を結び神の民として新しい命に歩むことができ、そのために信じる者の心に聖霊が与えられ、神様の臨在とともに天国までの旅路を導かれて歩むことができる。その神様の人類全体に対するご計画は、すべて神様が人間を創って、大切に思い、信頼できる関係を私たちに与えようとする、すべて愛のゆえに建てられた計画であることが分かります。神様が目に見えなくとも共にいて下さるということは、なんと心強く、困難な時にも励まされることでしょうか。 

(新共同訳聖書引用)