聖書の学び 出エジプト記27~28章 「儀式が指し示すこと:イエス・キリスト」 | ester-chanのブログ

ester-chanのブログ

聖書を読んで示されたことを記しています。礼拝でしたメッセージや聖書の学びの内容も載せています。

 前章では神様が臨まれる場所、神様を礼拝する場所である幕屋の建設の指示が示されていました。27章では幕屋の聖所を囲む庭があって、その庭に祭壇を造る指示が27:1-8節に記されます。長方形の庭は幕で囲まれ、その東側に入口があり、そこからだけ庭に入れるように設計されています(27:13-16)。28章では、この幕屋で祭司として仕える人(アロンとその子ら)の任職とその祭服についてが記されています。

 まず祭壇とは、そこで動物が生贄となって焼き尽くされる場所です。なぜ動物が犠牲になるかというと、人間の罪を贖うために、代わりに動物が神様の前に捧げられます。幕屋の中の聖所は神様が臨まれる聖なる場所で、罪のある人間がそのままでは入れないため、聖所に入る祭司は、ここでまず自分の罪が贖われるよう祭壇で動物のいけにえを捧げ、その後聖所に入り、神様と出会うことができたのです。そして聖所の中は窓がなく真っ暗で、そこに純金の燭台が置かれて、オリーブ油によるともし火をともすように指示がされています(27:20-21)。アロンという人はモーセの兄弟ですが、祭司として選ばれ、またアロンの子供たちも祭司として様々な儀式を執り行い、神様に仕えるよう任命されます(28:1)。それに伴い、アロンのための祭服(胸当て、エフォド、上着、長服、ターバン、飾り帯)をどのように作るかの指示が記され、イスラエルの12部族を代表することを表す2つの石(6個づつに各部族の名が彫られた石)がつけられたエフォドや12の宝

石をあしらった胸当ての仕様や、アロンの子ども達の祭服は別の仕様で作るように指示されています。

 これらのことは何を表すのでしょうか。まず動物犠牲のための祭壇ですが、この祭壇は、イエス・キリストが十字架ですべての人間の罪を負って犠牲となって死なれ、たった一度天の聖所に入って、完全な大祭司として永遠の贖いをなしとげられたことの予表であると、新約聖書のヘブライ人の手紙に記されています(9:11-12)。ですから、これらの幕屋とか祭壇の捧げもの、大祭司(神と人との仲保者)というのは、イエス・キリストの救いについての予表であり、至聖所は天国のひな型だとされます。キリストを救い主として信じる者は、つまり、キリストの十字架が「自分の罪の贖いだった」こと、それですべての罪が赦されたことを信じる者は、キリストという大祭司を通して、神様に大胆に近づくことができます。全部が何を意味するかは分かりませんが、このキリストの救いの光で読み進んでいくと、ただの設計の仕様書ではなく、神様からの私たちへのメッセージとして理解することができるでしょう。