宴会の招きに応じる | ester-chanのブログ

ester-chanのブログ

聖書を読んで示されたことを記しています。礼拝でしたメッセージや聖書の学びの内容も載せています。

 6月は日本では結婚式が好んで開催される月です。結婚式に限らず何かの祝宴を計画した場合、招待客のリストの作成、会場やお料理・プログラム等の準備等、長い時間と労力がかかる大変な作業ですが、招くことの喜びがあるからこそ頑張れるものです。しかし、もし当日になって、急用とはいえ招待客が様々な個人的事情でドタキャンをしてきたら?招く側としては非常にショックであり、事前に知らせているのに「なぜ?」と悲しい思いとなるのではないでしょうか。
 イエス様はある食事の席で、大宴会の譬え話をしました*。ある人が盛大な宴会を企画し、事前に招待客に日程を知らせ、当日僕が「もう準備が整いましたから、おいでください!」と招待客を呼びに伺います。ところが、招待客は次々に断りました。ある人は畑を買ったから、ある人は牛を買ったから、ある人は妻を迎えたばかりだからと。それを聞いた家の主人は怒り、僕にその町の内外にいた貧しい人や体が不自由な人々を無理にでも連れてきて、宴会の席を一杯にするように命じそのようになされました。
 この話は、神様がわたしたち人間を神の国へ招いておられることを譬えています。何よりも、神様は喜んで、楽しみにしてこの宴会を準備されてきたことがこの譬えからわかります。残念なことに、最初に招かれていた人々は神様が選ばれた民族のユダヤ人たちのことであり、預言者を通して救い主の到来を知らせていたのに、いざイエス様が来られると拒絶し、十字架にかけて殺してしまいました。そこで神様は、ユダヤ人以外のすべての人を無理にでも連れてこさせ、神様が用意した救いを受け取るようにと招かれます。この宴会の招きを受けるとは、イエス・キリストによる福音、救いの良い知らせを聞いた人が神様を信じることを譬えています。そして、その十字架の死は神様が計画されたことで、ユダヤ人も含めたすべての人の罪を負って代わりに死なれ、その罪が赦される為でした。そして神様はイエス様を3日目に死からよみがえらせ、イエス・キリストによる救いを信じる者が新しく生きることが出来、将来新しい体とともに復活させられて、永遠に神様と共に住むことができるという希望の道を準備して下さったのです。
 神様は熱心にすべての人を招いてくださり、今も継続中です。それは下記の御言葉にあるように、イエス・キリストによって私たちを神の子にしようと、御心のままに前もって、人間を創造した時から、定めておられるからです。神様の招きは、私たちに何の見返りを求めませんし、律法を守らなければ、これこれをしなければとか、神様の恵みに対して奉仕を善行をもってお返ししろなどと言われません。ただ、神様が喜ばれることは神の国の宴会の招きを受けてその食事の交わりに他の兄弟姉妹と共に参加することだけです。イエス様を通して与えられる救いを受け取り続けるようにと、この喜びの招きの言葉は、現代に生きる私たち全員にも語られ続けているからです。招かれた者は素直に受ける、つまり神様が送って下さった救い主イエス様を信じて、日々歩んでいきたいと思います。