肝細胞ガンとわかり、治療を始めてからもうすぐ10年。


もって2年と言われ、子どもが将来困ることのないよう、子どものために、親として今できることは何かを考えた結果、寮がある中高一貫校への入学に向けた準備に子育ての主軸をシフトし、とにかく小学校を卒業するまではと何が何でも生きようと、治療をしながら、子どもの中学受験を頑張った。


結局、寮がある中高一貫校には入学せず、自宅から通える中高一貫校に入学、思春期となった子どもの反抗期に悩まされながらも、私が旅立った後、子どもが少しでも生きやすくなればと思い、学年や部活動のPTAの役員活動にも参加し、ほかのお母さま方との交流も楽しみながら、反抗期の子どもの学校での様子を垣間見ることができたのは、とても楽しかった。


その間、何度か再発、分子標的薬での治療を繰り返しながら、体調に波もありながらも、仕事も子育ても何とか続けることができた。

私が家で再発、治療のたびに、私の気持ちが不安定になるのを見て、子どもは医学の道には絶対に進みたくないと、医学部への道は頑なに毛嫌いして、別の道へ進んでしまった。

私のせいで、子どもの進路選択の幅を狭めてしまったのかもしれないという気がしている。


そんな状況でも、もうすぐガンと共存しなら、10年を迎えることがきた。

思いがけず、この10年、子どもの成長を近くで見ることができたのは、本当に幸せだと思う。


私の罹患当初、ステージ4の肝細胞がんの10年生存率は0.6%と言われていた。

当時は5年生存率を考えることすら怖く、10年先に生きているとはとても想像できなかった。

5年生存率、10年生存率のあまりの低さ、そして言われた余命の短さを思うと、気持ち的にあまりにつらくて、罹患当初に多くのがん友さんと交流して、いろんな話をして、気持ち的にずいぶん救われた。


「生存率は5年前、10年前に罹患した人の数字で、今罹患した人の数字ではない。たとえ0.6%であっても、私たちが10年後に生きて数字を上げれば良いだけのこと」


同病のがん友さんの言葉に、なかなか素直に受け止められなかったけど、先のことを考えるのではなく、肩肘を張らずに今を生きればいいんだよと、がん友さんに言われたような気がして、辛いことがあると、この言葉を思い出して、「ダイジョウブ、ダイジョウブ、ダイジョウブ」と3回唱えて治療に向かうようにしていた。


そんな毎日を続けていて、きづけばもうすぐ10年。10年後の今も、こうして生きて、ブログを書いている。


この10年、「今を大切に、今を生きる」をモットーに、今できることにフォーカスして生きていた。

今しか見えなくても、今が続けば明日になり、明日が続けば未来になることを信じて、毎日を大切に頑張ってきたら、気づいたら10年を迎えていた。


今も私の肝臓の中には再発腫瘍は複数あり、相変わらず、先のことはなかなか考えられないけど、

0.6%の1人として、今、こうして生きられていることに感謝をして、これからも今を重ねていきたいと思っている。