毎回毎回、旅打ちの記録は書き起こすのに苦労するので、遅くなるんですが。
今回もやっぱり相当遅くなりましたので、このまま流そうかとも思ったんですけども(笑)、いやいやいやいや、今回ばかりはね。
せっかくの桐生参戦だし、ある意味忘れられない旅打ちにもなりましたので、ちょいちょいと備忘録的に書き記しておこうと思います。
前回のブログから放置しっぱなしでしたが、結論からいうと、準優には間に合いました。
桐生本場に着いたのは6レース発売直前。
ちょうど暗くなりはじめ、ナイター照明が点灯する少し前くらいでした。
それまで、あんまり「ああ、桐生に来たんだなあ…」なんて実感はなかったんですが、やっぱり、ナイター照明が水面を白く照らすのを見たときは、ちょっと感動しましたね。
で、レース見たり、賭けたりしながら、場内を探索がてらうろちょろしてたら、ドラキリュウの着ぐるみがいるのを発見したので、子供に交じって写真とりました。そしたら自ら握手を求めてきてくれて、両手でガッチリと握手。そのあとおまけにキャンディもくれました。
あんな外見なのに(失礼)、非常に人懐こいですね、ドラキリュウ。
ちょっと誤解してました(笑)。
さて、そんなこんなで6~11レースまでの参戦でしたが、6戦3勝とわたしにしては絶好調な結果でした。
…というか自分的に特別な選手が走ってる時にはことごとく外してるんですよね、これが(笑)。
準優は言うまでもありませんが、もちろん瓜生さんのアタマをガッツリと、だったので、当たり分はすべてその補填となりました。
なので、結果的にはトントンでした。
準優の時はとにかく必死だったので、…あんまりよく覚えてないです。
松井さんの公開勝利者インタビューも聞かずに場内をフラフラさまよっているうちに大分立ち直りました。
松井さんには差されちゃったけど、優出できたことには変わりないし、希望を繋ぐことは出来たわけで。
最良ではないかもしれないけど、決して最悪でもない。
それに、瓜生さんは、一度失敗した後に、同じ失敗をすることはないだろう。
そう思い直した後は、せめてこれ以上枠番が遠くならないよう、次二つのレースの1号艇が逃げてくれるように心底祈ってました。
さすがというか何というか、テラショーも魚君もきっちり勝ってくれましたが。
…でも、瓜生さんが逃げてくれるのが一番良かったなぁ、というのがやはり偽らざる本音。とほほ。
次の日は、帰りの都合で、ちょうどレースが始まる頃に群馬を出なければならず、泣く泣く桐生参戦は諦めました。
もっと長くいることも可能ではあったんですが、それでも優勝戦まで見てしまうと、どんな手段をとっても夜が明けるまでに家に帰り着くことができないので…。
なので、現地まで行っていながら、優勝の瞬間を見られなかったことは、本当に、心底悔しくてならないのですけど。
…それも、贅沢な話ですよね。
願いが、叶った。
これより嬉しいことなんて、どこにもありませんから。
瓜生さん、優勝、おめでとうございます。
実は、ダービー始まる前までは「今年はもうここで終わりかもしれない…」という思いが何処かにありました。
現実的に、ここで優出を逃せば次の機会は与えられないという非常に厳しい状態だったわけですし。
…もし、これが今年の最後であったとしても、後悔しないように。
それくらいの悲壮な覚悟で、桐生まで見に行くことを決めたのでした。
わたしにとって、桐生は最も遠くて行きにくい場所。
ナイターであることも手伝って、どんなに頑張っても優勝戦は見られない。
それは、最初から、わかってました。
それでも、たとえほんの少しでも、瓜生さんが希望を先に繋げる、その姿を見られるのなら…と。
だから、唯一見に行けた準優はあの結果でしたので、気持ちを切り替えるのは本当に大変だったのですが。
実際のところは、そんなわたしのネガティブ思考なんか軽く飛び越えて行ってしまわれたので、なんだか喜ぶのを通り過ぎて逆に腹が立ってきたりもしたんですが…(「あんなに心配したのに!」みたいな感じで・笑)。
リアルタイムでは携帯の小さな画面でしか見られなかったので、なんだかあんまりピンと来なかったんです。
小さな携帯の画面の中で、さらに小さな青のカポックが先頭走ってるのを何度も瞬きしながら半信半疑で見ていたし、優勝・瓜生正義のテロップが出たあとも、正直、まだ夢でも見てるのかなとか思ってました。
でも、翌朝、JLCニュースの再放送で改めてレースを見たときに初めて、瓜生さんの勝利を実感してようやく、嬉し泣きできたのと同時に。
10ヶ月前、去年の賞金王の時に、わたし自身がこのブログで書いたことを思い出していました。
「瓜生さんは、自分のために、勝ちに行った。
そして、破れた。
もちろん、その選択は誰かを巻き込み、その末に異なる結果を呼んだでしょう。
でも、それは誰にとっても同じこと。
誰かが動くことで、他の誰かが殺され、他の誰かが生きてくる。
そして、その状況を冷静に見定めて利用できる人間が、勝つのです。」
よく考えれば、あの時と状況は非常によく似ていたかもしれません。
インの3艇が少し重なり合い、お互いの勢いを削ぎ合って生まれたその間隙を、瓜生さんはきれいに差し抜けた。
松井さんが仕掛けて行くことを確信していた、だから何も迷わず自分の行くべき場所を選べた。
そう、いつも、最後の舞台で、いざという時にそのハンドルを鈍らせていた一瞬の迷いのようなものが、今回は、何処にも見えなかった。
数えきれないくらいのの栄光と屈辱をくぐりぬけて、瓜生さんは、確かに何か大切なものをその手にしたのだろう、とそう思いました。
…確かに内側の3艇があんなことにならなければ、なかった勝利かもしれません。
もし、何かひとつでも違っていたなら、もちろん別の結果があったことでしょう。
でも、この結果をその手で選びとったのは、間違いなく瓜生さんその人の力です。
偶然に助けられたのではなく、すべてを必然として、手元に手繰り寄せる力。
非常にあやふやで、感覚的なものなのですが、そういう「力」を持っている、と感じる選手は、決して多くありません。
わたしにとっては、その力を感じたことのある選手は、今までひとりしかいませんでした。
…残念ながら、そのひとりは、瓜生さんではありませんでしたが。
もちろん、わたしはまだボートレースを長く知らないから、今はもう引退された選手、かつて無類の強さを誇り、ひとつの時代を作り上げてきた選手たちのリアルなレースを見ていない。
なので、これは、わたしの見ている今、この世代に限って言えば、という話なのですが…。
でも…もしかしたら。
瓜生さんも、その力を、持っているのかもしれない。
まだそれは片鱗にしか過ぎない、小さな輝きだけれど。
これからまた、たくさんのものを積み上げていくことで、いつか比類なき大きな光に変わっていく、かもしれない。
わたしを含めて、ファンの人は、瓜生さんのその力の存在を、その無限の可能性を、ずっと信じてきました。
…もし、何か変わったものがあるとするならば。
それを、瓜生さん自身が、信じ始めているのかもしれない。
素直に、真っすぐに、自分の力と向き合いはじめているのかもしれない。
そして、それを、人は「自信」と呼ぶのだろう、と。
そう、思うのです。
自信とは、自らを信じる力。
信じるものだけが、いつでも幸福でいられる。
それは、確かなことです。
だから。
信じるものの幸福を、その手にしたあなたに。
改めて、祝福の言葉を贈らせてください。
優勝、おめでとうございます。
今回もやっぱり相当遅くなりましたので、このまま流そうかとも思ったんですけども(笑)、いやいやいやいや、今回ばかりはね。
せっかくの桐生参戦だし、ある意味忘れられない旅打ちにもなりましたので、ちょいちょいと備忘録的に書き記しておこうと思います。
前回のブログから放置しっぱなしでしたが、結論からいうと、準優には間に合いました。
桐生本場に着いたのは6レース発売直前。
ちょうど暗くなりはじめ、ナイター照明が点灯する少し前くらいでした。
それまで、あんまり「ああ、桐生に来たんだなあ…」なんて実感はなかったんですが、やっぱり、ナイター照明が水面を白く照らすのを見たときは、ちょっと感動しましたね。
で、レース見たり、賭けたりしながら、場内を探索がてらうろちょろしてたら、ドラキリュウの着ぐるみがいるのを発見したので、子供に交じって写真とりました。そしたら自ら握手を求めてきてくれて、両手でガッチリと握手。そのあとおまけにキャンディもくれました。
あんな外見なのに(失礼)、非常に人懐こいですね、ドラキリュウ。
ちょっと誤解してました(笑)。
さて、そんなこんなで6~11レースまでの参戦でしたが、6戦3勝とわたしにしては絶好調な結果でした。
…というか自分的に特別な選手が走ってる時にはことごとく外してるんですよね、これが(笑)。
準優は言うまでもありませんが、もちろん瓜生さんのアタマをガッツリと、だったので、当たり分はすべてその補填となりました。
なので、結果的にはトントンでした。
準優の時はとにかく必死だったので、…あんまりよく覚えてないです。
松井さんの公開勝利者インタビューも聞かずに場内をフラフラさまよっているうちに大分立ち直りました。
松井さんには差されちゃったけど、優出できたことには変わりないし、希望を繋ぐことは出来たわけで。
最良ではないかもしれないけど、決して最悪でもない。
それに、瓜生さんは、一度失敗した後に、同じ失敗をすることはないだろう。
そう思い直した後は、せめてこれ以上枠番が遠くならないよう、次二つのレースの1号艇が逃げてくれるように心底祈ってました。
さすがというか何というか、テラショーも魚君もきっちり勝ってくれましたが。
…でも、瓜生さんが逃げてくれるのが一番良かったなぁ、というのがやはり偽らざる本音。とほほ。
次の日は、帰りの都合で、ちょうどレースが始まる頃に群馬を出なければならず、泣く泣く桐生参戦は諦めました。
もっと長くいることも可能ではあったんですが、それでも優勝戦まで見てしまうと、どんな手段をとっても夜が明けるまでに家に帰り着くことができないので…。
なので、現地まで行っていながら、優勝の瞬間を見られなかったことは、本当に、心底悔しくてならないのですけど。
…それも、贅沢な話ですよね。
願いが、叶った。
これより嬉しいことなんて、どこにもありませんから。
瓜生さん、優勝、おめでとうございます。
実は、ダービー始まる前までは「今年はもうここで終わりかもしれない…」という思いが何処かにありました。
現実的に、ここで優出を逃せば次の機会は与えられないという非常に厳しい状態だったわけですし。
…もし、これが今年の最後であったとしても、後悔しないように。
それくらいの悲壮な覚悟で、桐生まで見に行くことを決めたのでした。
わたしにとって、桐生は最も遠くて行きにくい場所。
ナイターであることも手伝って、どんなに頑張っても優勝戦は見られない。
それは、最初から、わかってました。
それでも、たとえほんの少しでも、瓜生さんが希望を先に繋げる、その姿を見られるのなら…と。
だから、唯一見に行けた準優はあの結果でしたので、気持ちを切り替えるのは本当に大変だったのですが。
実際のところは、そんなわたしのネガティブ思考なんか軽く飛び越えて行ってしまわれたので、なんだか喜ぶのを通り過ぎて逆に腹が立ってきたりもしたんですが…(「あんなに心配したのに!」みたいな感じで・笑)。
リアルタイムでは携帯の小さな画面でしか見られなかったので、なんだかあんまりピンと来なかったんです。
小さな携帯の画面の中で、さらに小さな青のカポックが先頭走ってるのを何度も瞬きしながら半信半疑で見ていたし、優勝・瓜生正義のテロップが出たあとも、正直、まだ夢でも見てるのかなとか思ってました。
でも、翌朝、JLCニュースの再放送で改めてレースを見たときに初めて、瓜生さんの勝利を実感してようやく、嬉し泣きできたのと同時に。
10ヶ月前、去年の賞金王の時に、わたし自身がこのブログで書いたことを思い出していました。
「瓜生さんは、自分のために、勝ちに行った。
そして、破れた。
もちろん、その選択は誰かを巻き込み、その末に異なる結果を呼んだでしょう。
でも、それは誰にとっても同じこと。
誰かが動くことで、他の誰かが殺され、他の誰かが生きてくる。
そして、その状況を冷静に見定めて利用できる人間が、勝つのです。」
よく考えれば、あの時と状況は非常によく似ていたかもしれません。
インの3艇が少し重なり合い、お互いの勢いを削ぎ合って生まれたその間隙を、瓜生さんはきれいに差し抜けた。
松井さんが仕掛けて行くことを確信していた、だから何も迷わず自分の行くべき場所を選べた。
そう、いつも、最後の舞台で、いざという時にそのハンドルを鈍らせていた一瞬の迷いのようなものが、今回は、何処にも見えなかった。
数えきれないくらいのの栄光と屈辱をくぐりぬけて、瓜生さんは、確かに何か大切なものをその手にしたのだろう、とそう思いました。
…確かに内側の3艇があんなことにならなければ、なかった勝利かもしれません。
もし、何かひとつでも違っていたなら、もちろん別の結果があったことでしょう。
でも、この結果をその手で選びとったのは、間違いなく瓜生さんその人の力です。
偶然に助けられたのではなく、すべてを必然として、手元に手繰り寄せる力。
非常にあやふやで、感覚的なものなのですが、そういう「力」を持っている、と感じる選手は、決して多くありません。
わたしにとっては、その力を感じたことのある選手は、今までひとりしかいませんでした。
…残念ながら、そのひとりは、瓜生さんではありませんでしたが。
もちろん、わたしはまだボートレースを長く知らないから、今はもう引退された選手、かつて無類の強さを誇り、ひとつの時代を作り上げてきた選手たちのリアルなレースを見ていない。
なので、これは、わたしの見ている今、この世代に限って言えば、という話なのですが…。
でも…もしかしたら。
瓜生さんも、その力を、持っているのかもしれない。
まだそれは片鱗にしか過ぎない、小さな輝きだけれど。
これからまた、たくさんのものを積み上げていくことで、いつか比類なき大きな光に変わっていく、かもしれない。
わたしを含めて、ファンの人は、瓜生さんのその力の存在を、その無限の可能性を、ずっと信じてきました。
…もし、何か変わったものがあるとするならば。
それを、瓜生さん自身が、信じ始めているのかもしれない。
素直に、真っすぐに、自分の力と向き合いはじめているのかもしれない。
そして、それを、人は「自信」と呼ぶのだろう、と。
そう、思うのです。
自信とは、自らを信じる力。
信じるものだけが、いつでも幸福でいられる。
それは、確かなことです。
だから。
信じるものの幸福を、その手にしたあなたに。
改めて、祝福の言葉を贈らせてください。
優勝、おめでとうございます。