あるミュージシャンの自伝を読んだ
彼は、片田舎の出身で、周りに音楽を志す人などいない環境だった
彼の両親も、祖父母も、田舎になじんで、そこで仕事をし、生活をしている人だった
自分の息子が、高校を中退し、音楽の道を志そうとした時、
彼には見方となる身内はいなかった
「あの子は、もうこの家の子供ではないから」
とまで、言われ、親族から見放されながらも、彼は自分の道を信じ、突き進んだ。
自分の才能や運、人間関係、借金など、あらゆる問題を乗り越えて
彼はようやく一つ、自分の夢を叶えた。
それは、大きなホールで自分のライブをすること。
そしてそこに、自分を一度は見放した、母親を招待した。
大きなホールは、彼のファンでいっぱいになり、そこにいる全ての人が
彼と、彼の歌に魅了されていた。
彼の母は、公演のはじめから、涙をずっと流しつづけていた。
彼が、ステージから母を見るといつでも、母の目からは涙が流れていたという。
ライブが終わり、体力的に消耗しきった彼が、マッサージを受けていると
母がやってきて
涙を流しながら、ずっと、彼の頭をやさしく撫で続けた。
小さい頃、何か良いことをすると「あなたは、いい子ね。よく頑張ったわね」と
頭をなでてもらったように、ずっと。
母は、大きくなった息子の頭を、髪を、撫で続けた・・・・・・・
・・・よかったね。
ずっとずっと認めてもらいたかった人から、時間もかかったし、傷も増えたけど
認めてもらえて。
一番認めてもらいたかった人から、認めてもらって、誉められる言葉なんかより
ずっとずっと思いがこもった手で、
頭を撫でてもらったんだね。
これを読んで、私は切なくなった。
私の母は、幼少の頃から、髪をなでてくれたことなど、ない。
そのかわりとして、
私の髪を、やさしく撫でてくれた元パートナーは、もういなくなってしまった。
「おまえなんて、もともと愛してなんかなかったんだ」
という言葉をかわりに残して。
あの、小さな子供が安心して母の胸で眠れるような
深い深い、安心感を与えてくれた手は、最後は私の心を絞め殺していった。
私がそこで、心を再生できたことには、何か意味があるような気がしてならない。
私はずっと、自分を認めて、「いい子だね」って誉めて、撫でてくれる手を
求め続けていたけれど
私が今まで経験してきたことは、私にしか、解り得ない。
どんなに苦しい思いをしてきたか。
それを乗り越えることで、どんな気持ちになるのか。
それは、私だけが、知っていることだ。
だから、もう「誰かの手」を探すのはやめよう。
その人に認めてもらえたって、本当に自分を自分で認めてあげられなければ
そこに安らぎはないから。
そして、時間はかかっても、それができるようになったら
今度は、私以外の誰かの心が傷ついて、血が流れている時、
そっと癒してあげられる手を持っていたい。
それが、私の心が生き残った理由だと、思いたいから。
・・・・・・・でも、正直。
うらやましいよーーーーーーーー!!
実の母から認めてもらって、頭を撫でてもらうなんて・・・・・・
心理学でいう「同一視」だとは充分理解しているつもりだけど
私は彼がつけているアクセサリーと同じものを、買ってしまった。
彼のようになりたいと、心のどこかが叫んでいる。
私は、私なのに。
私、妖精って、とっても清らかで、いいイメージがあったのですが・・・・
ネットでちょいと検索してみたら・・・
「元々は自然霊の一種、若しくは神々の零落した姿。日本 における妖怪 と同義。西洋 では民間信仰 の対象であったが、キリスト教 の導入により「堕天したが、悪魔 となるには至らない天使 」と定義される。
妖精 の性格も様々で、必ずしも善良な性格とは限らない。
たわいない物から危険な物まで、妖精 は悪戯好きである。妖精 の悪戯としてよく知られるのはチェンジリング(取り替え子)である。妖精 が人間の子供 (乳母の場合もある)を自分若しくは自分の子供 と取り替えてしまう現象で、妖精 の子供 はいつまで経っても成長しない為、いつまで経っても親は他人の子供 を世話する羽目になる。親にとっては洒落にならない悪戯だが、妖精 は鉄を嫌うと信じられている為、ヨーロッパ ではクギなどの鉄製品を幼児 のゆりかごに入れておく風習がある。
妖精 というと人型をしており美しい、小さいというイメージ があるが、妖精 は元々精霊であり、ギリシャ神話 のニンフ などは人間と同じサイズであるし、ケルト の妖精 犬クーシーは犬である。」
・・・・って、妖精って、日本語だと「妖怪」なの?!?!
なんか、イメージが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついでに、ネバーランドとやらも、調べてみました。
ネバーランド
- 架空の国:親とはぐれ年を取らなくなった子どもたちが妖精とともに暮らす国のこと(「ピーター・パン 」を参照)。
そうか。
じゃ、私は自分のこと、自信をもって「妖怪」っていえるので、イコール「妖精」なのね♪(笑)

このお仕事してると、毎日必ず初対面の方が4~5人はいて
そういう方と、いろんなお話ししていくので
結構、変わったキャラクターの方でも、普通に対応できるようになります。
統合失調症の方でも、最近普通になってきました。
(もちろん、あらかじめそういった疾患を持っていると
こっちが知っているからですが)
が、久々に昨日会った70歳のおじいさま
ちょっと、びっくり。
ナースからも、独特なキャラ故に主治医にそうとう苦情がいっているようで
主治医から
「○○って薬だすけどさ、これ、安定剤って説明してくれない?」
と言われてました。
が、その日は私は薬を監査しなきゃいけない日だったので
(その日によってシフトが変わる)
たとえ私が薬を渡せなくてもいいように、薬の袋に
「気持ちを安定させる作用のあるお薬です」
と書いて、病棟に払い出しました。
で、今日は病棟に私が行ける日だったので、薬が効いているか
その人のところに様子を伺いに行ったところ
カーテンの外から
「○○さーん!」
と、声をかけても、返事がない。
でも、いる気配はあるので、もう一度呼んでみると
「あぁ?」
と、不機嫌そうな返事が返ってきた。
やーな、予感。
「こんにちは。薬剤師のえっせと申します。
お薬について、少しお話伺ってもいいですか?」
「あぁ?くすりぃ?」
「はい。昨日渡されたお薬があると思うんですけど、飲んでみて、いかがでした?」
「なんの薬だかもわかんねぇから、こっちはただ飲んでるだけだ。
だから、なんにも変わりはない。
だいたい、何の薬かもしらねぇのに。あんたに渡されたわけじゃないし」
?????
「あれ?お薬の袋に、どういったお薬かっていうことを書かせていただいたんですけれど
何も書いてありませんでしたか?」
「袋なんか、最初からねえよ」
「お薬は、袋に入っていなくて、薬だけ、渡されたのですか?」
「袋なんか、ねえって言ってんだろ!」
と、ベッドサイドにある棚の引き出しをあけたおじいさま
しっかり、薬袋がはいっていた。
「あ、それですね。ちょっと見せてもらってもいいですか?」
無言で私に薬袋をつき返され。
見ると、ナースが「安定剤」と知られるのを面倒くさがったらしく
私が書いた薬袋ではなく、ナースの手書きの薬袋に変えられていた。
当然、何も書かれていない。
「あ、わかりました」
そう言ったとたん、嵐のような言葉が返ってきた。
「あんた、袋を今ちらっと見ただけで、何がわかるっていうんだ。
それでわかるんなら、あんた天才だな。
しかも、あんたは今、逆から袋を見ているのに、それで漢字が読めるのか!
天才だな!!
しかもな、薬の飲み方っていうのは、袋の裏に書かれているものなんだよ!
その裏面を見ないで、なにがわかるんだ?え?
裏を見てから、ものを言え!!」
ちなみに、その方のいう「裏」とは
全ての薬袋にあらかじめ印刷されている、一般的な薬の飲み方のこと。
『食後とは、食事してからおおよそ30分後のことです』
とか
『お薬は、お水で飲みましょう』
とかいう、一般的な注意事項が印刷されています。
表のほうに、患者さんの名前や、その人のための薬の飲み方が書かれているのです。
・・・・・すごいな、この人。なんで入院してんだろ。こんなに元気なのに。
「ごめんなさいね。この裏に書かれていることは、どなたにでもあてはまる
一般的な注意事項を書かせて頂いているので、私たちは毎日これを
見ているんです。だから、裏はその都度見なくても、何が書かれているか
分かっているんですよ。だから、裏を見なかったのです。
表に、その方のための、薬の飲み方が書いてあるのでかくにんを・・・・・・・」
と言っている途中から
「でもあんたは今、逆から袋を見ただろう?
漢字を逆から読めるのか?
やっぱり、天才だなぁ?え?」
「袋に、説明が書いてあるかを・・・・」
「あんたは、ちらっとしか今見なかった!それで、なんでわかるって言えるんだ?あ?
しかも逆から!!天才だな。すげぇな!!あんた!!」
すごい剣幕。
こちらが何か言おうとしても、「天才、天才」と連呼されるばかりで、全く話しにならない
それどころか、話そうとすればするほど、ヒートアップしてくる。
少なくとも、私の手には負えない。
私の能力を超えているし、このまま粘っても、多分関係が悪化する一方だろう。
そう感じて、
「では、医師に、薬を飲んでみても、何も変化がないということを
お話ししておきますね」
と言って、撤退。
主治医はその日、他の大学病院に研究に行ってしまっていた日だったので不在。
仕方なく、医師への連絡板(というのがある)に、
「○○さんの薬は、効果があるとは思えないので中止でいいですか?」
と書いて、目下研修医とお互い二股中の、同じ病棟を担当している薬剤師に
申し送っておいた。
70歳で、認知症でもないのにあれだけ「へりくつ」をこねられる人というのも
珍しい。
むしろ「天才」は、あなたのほうでは?
と思ったえっせでありました。

