夏休み中、都内のJRを利用する機会がありました。

久しぶりに「口うるさいおじさん」が出てきますが、少しだけお付き合いください。

 

車内で、ベビーカーに2~3歳くらいのお子さんを乗せた若い夫婦が目にとまりました。
2人は優先席に座り、目の前にベビーカーを置いていました。
そのすぐ近くには、立っている高齢の女性が1人。

 

この場面を見たとき、ふと「なぜ、あなたたちが座っているのだろう?」と感じました。

 

もちろん、育児は体力勝負。電車で少しでも休みたい気持ちもよくわかります。
ですが、子どもはベビーカーにおとなしく座っており、抱っこひもを使っているわけでもありませんでした。

 

さらに対面には、同じように小さなお子さんを連れた若い夫婦が3人並んで座っていました。
つまり、優先席6席のうち5席が、若い子連れの夫婦たちで埋まっていたんです。

もし近くに高齢者がいなければ、それも一つの風景として受け入れられたかもしれません。
 

でも実際には、高齢の女性が立っていた。
 

この光景に、なんとも言えない違和感を覚えましたね。

 

 

普段、電車の中を見渡すと、普通席がところどころ空いているのに、なぜか優先席を選んで座る若い人も少なくありません。もちろん、見た目には分からない事情を抱えている方もいます。
 

それを一概に否定するつもりはありません。

 

ただ、「自分が優先される側」だと自然に思い込んでしまっている空気には、正直、考えさせられるものがあります。

 

ヨーロッパに住んでいたころ、電車内で高齢者や女性に席を譲るのはごく当たり前のことでした。
それが特別な「マナー」や「美徳」として語られるのではなく、ごく自然なこととして行われていました。

 

日本では最近、注意されたり叱られたりする経験がないまま大人になる人が増えているのかもしれません。
その結果として、社会の中で「誰かを思いやる力」や「場の空気を読む力」が、少しずつ薄れてきているように感じます。

 

こういう光景を見ると、子育て中の方々を責めたいわけではありません。
 

むしろ、育児という大変な仕事に向き合う親御さんたちには心から敬意を払っています。

ただ、「自分たちも大変なんだから」という思いだけで行動してしまうと、かえって周囲の理解や協力を得にくくなるかもしれません。
 

譲り合いの心や、ちょっとした想像力こそが、より良い社会をつくっていくのではないでしょうか。