就職して半年後くらいのことだった。
学校を卒業すると同時に「流れ解散」となったバンドのメンバーが就職先の寮に雑魚寝に来た。彼らは地元で就職し実家から通勤している田舎住みのままだったので小都会に洋服を買いに来たいという。
今でも彼らの名前を忘れない。F氏、ギター担当で裕福な家の一人っ子、たしか自営業の親が何でも買い与えていたが、本人はシンナー狂い。卒業前には本気でプロを目指そうとか言っていた。N氏、ボーカル担当、金髪のヤンキー。車検切れの自動車を平気で乗り回していてかなりずる賢い。H氏、一番質の悪い人間、しらっといろいろなことに乗っかる。パンチパーマのヤンキー。バンドのメンバーではない。D氏、自分をしっかり持っている「ふつうの人間」彼だけはしばらく年賀状のやり取りがあった。常識人。
当日、最寄り駅までVIP待遇で車で迎えに行き寮に戻った。近くにあった行きつけの定食屋で夕食をとって翌日は自分たちだけで買い物に出かけてくるという。(私が全く洋服に興味がないので自然とその流れに)当時はBIGIとかなんとかデザイナーブランド真っ盛り、夕方頃大量の荷物を抱えて4人が戻って来た。
楽しそうな元メンバーと過ごした翌日、最寄り駅まで送っていった。喜んでくれたようで本当に良かった。本気でそう思っていた。
その時、Nがもじもじしながら話しかけてきた。
「なぁ~悪いんだけど、電車賃が無くなってさぁ」
と言う。
もじもじついでに聞くとF、H氏も金がないという。(Dだけは自分で切符を買っていた)合わせて1万円ちょっと…。初任給が14万の頃だったので大きな痛手だったが、「おう、いいよ」と笑顔で万札プラスアルファを手渡す。
「ほんと、ありがとう。今度絶対返すから」とNとF氏。
H氏はいつものことだが2人の後ろで軽く頭を下げる。
3人の悪党と1人(D氏)は切符を手に入れ満面の笑みで手を振りながら改札から消えていった。
私は変える間際に人を欺くように金銭のことを言われたことにショックを受けたが、いつものように嫌なことは受け流すことにした。さほど腹もたたなかった。
思い出した、地元にいるときはいつも私が車を出して遠出をしていた。ガソリン代を払うといったことも、私の運転でスピード違反をした時も、罰金を分けて払おう、などいったことも無い奴らだった。
「〇〇は今回いいよね」「〇〇は次の機会ね」(〇〇は私の名前)と言われることが多かった私は、その類の出来事に分類し、忘れることにした。
当然、貸した電車賃は返ってこなかった。返してほしいとも思わなかった。忘れることにした。ただ、次回泊りにくると言ってきたら断ろうと思った。
私は帰りの電車の中で「儲かったな!まさか電車賃出させるとは思ってなかった、よく出すよな〇〇(笑)」とはしゃいでいて、私のことなど誰も気にかけていない3人の悪党がそんなことを言いながらはしゃいでいることを想像する能力がなかった。
どちらかというと「感謝されている自分」を想像していた。人に親切にすることはいいことだ。財布に金がないっていうのはつらいよな。なおと思っていたはずだ。
彼らの財布には、しっかり金が残っているという事実を想像できるのが「ふつうの人間」なのだろう、それ以前に「ふつうの人間」は電車賃なんか出してやらないのではないか?。
それからしばらくはその会社にいたが、旅行で写真をとってやったら現像からプリント代まで誰も出す気がなかったり、その類のことは数えきれないほどあった。
お人よし、隙がある、だましやすい、他人からはどう見えていたのだろうか?
寮に1人「変な人間」な先輩がいた。
仕事ができないことで有名で、私の所属していた会社の親会社の社員だった。私のことは会社の立場的にも人間的にも見下していて、ことあるごとにいちゃもんをつけてきて近所の飲み屋でねちねち嫌味を言われた。
今思えば、彼なりのストレス解消だったのだろう。ただ、「変なやつ」「だめなやつ」としきりに言われていたので一概に悪とは言えず、私の「変」さが見えていて指摘せずには居られない貴重な存在だったのは間違いない。
その先輩はバブル崩壊とともに家電量販店に転籍となって私の前から永遠に消えた。
彼も「変な人間」だった。卑屈で、弱い者には強くて、自分がなくて、自身もなくて、話題の引き出しもほとんどなく、一緒にいてもつまらない人間だった。
職場で私が新人の間にしでかした問題は、すべてその先輩の耳に入ってきて、いちいちその問題について「ふつうの人間」がとるべき普通の行動はこうだ、と注意されていた。
私に「人の話を謙虚に聞いて受け止める」能力があれば、もう少し会社でしでかした恥ずかしい行いや「変な人間」ならではの行動は減っていたかもしれない。
それから10年くらいして、地元に帰省した際、ホームセンターでF氏にばったり会った。私としては10年前に切符を買ってやったのだからお礼を言われるだろうと思っていたのだが、こちらから声をかけたがにこりともせずちょっとだけ頭を下げただけでどこかに行ってしまった。
「ふつうの人間」には「情けは人のためならず」とか、そんなときのための格言や名言がある。ただ、「変な人間」には斜めのとらえ方しかできないのでそのまま格言、名言を思い出して悦に入ることは危険だ。
現実ーというか人間の裏側とか影の部分を見ずに育ったタイプの「変な人間」には悪影響しかない。文面通り、額面通りに信じてしまい、いつまでたっても現実が見えないからだ(笑)
少しは学習したのか、同じような出来事はその後起こらなかった。
並行して、周りにどんどん敵が増えていく、「増殖していく」と言ったほうがいいくらい、「変な人間」たる試練がそろそろ始まりかけていた。
