なぜかわからないが、親戚が当時夜行列車で大阪万博に行けていたのにうちは行けなかった。金銭的なものなのか、母親が大阪の親戚とうまくいってなかったのかわからない。
ただ、親子3人で楽しそうに列車に乗り込む親戚の一行をホームで見送った。おそらく私のことなので(笑)「なんでうちは行かないのか」とごねて泣き倒したことだろう。
当時、私の周りには年下・年下含め6人の年の近いいとこがいた。
それが万博のガイドブックを見ながらはしゃいでいたのだから一人おいて行かれた私はたまったもんじゃない。
どのくらいあとだったのかは記憶がないが、父親は、当時360ccの軽自動車で家族4人下道で大阪に向かうという強行軍に出た。
写真でしか思い出せないが、おそらく大阪の母親の兄のところに泊めてもらったのだと思う。
当時母親の兄は奥さんと共稼ぎをしていて、マンションに住み、電子レンジ、普通車、スキー三昧というテレビでしか見たことのない生活を送っていた。
どうやら、それが「長男のくせに」とやっかみで母親のほかに4人いた田舎済みの女兄弟から総スカンを食らった原因らしい。長男の奥さんは豪快にタバコをふかし、「竹を割ったような性格」で明らかに他の親戚のおばさんとは違うオーラを放っていた。
当時の私はそのようなしがらみを知る由もなく、大阪という大都会を見て感動することもなく。ただ本で見ただけで行けないと思っていた万博に来ているという事実を、まるで第3者が感じるように客観的に見ていたような気がする。
私の息子が、それと同じ年齢の時「わぁーすごい!パパ早くいこう!」とスタンプラリーで大はしゃぎしたり、見るからにわくわく感を表情に出したりしているのを見て、「やはり自分は変な子供時代だったんだ」と再認識した。
当時何があったのか?特に夫婦喧嘩の絶えない両親でもなく、アル中の父親でもなく、今でも「ごく普通」の家庭だったと思う。
自分の性格と幼少期の環境などについては、もう何百回以上考えてみたりしたが、とくに虐待を受けていたことも、いじめを受けていたこともない。自分の知らない「何か」があったに違いないと考えた時期もあったが、特にそんな事実もない。
ただ、私が40歳くらいの時に、母親が「私はあなたの育て方を間違えた」と言ったことと、「これからどうなるんだろうね、あの〇〇〇〇〇(私のフルネーム)という人間は」と父親と話しているのを偶然聞いてしまったことが何らかのヒントになるような気がしていたが、何を意味しているのか、何を間違えたのかは今となってはわからない。
確実なことは、両親がさじを投げるくらい変な人間、話すこと、すること、人間としてよくないものになってしまった、という後悔が出ている発言だったのは100%間違いない。
この年になるまで、その母親の発言の意味を深く考えることも、立ち止まることもなく、「変な人間」を個性や性格と思い込み、自分と向き合うことがなかったこと。あと20年もすればこの世からいなくなる「変な人間」
「まともな人間」になるにはもう圧倒的に時間が足りない。
その前に「まともな人間」が何なのかがわからない。それは息子であったり、妻であったり、私に嫌みや遠回しにアドバイスをくれた人間だったり。
周りとうまくいかない、楽しめない、のめり込む、発達障害なのか、アダルトチルドレンなのか、うつ状態なのか、
「個性」と思い込んでいた私という人間が、どれだけ周りと軋轢を起こし、時には不快な気分にさせ、時にはうまく利用され、両親にはたくさんの負担をかけ。
表面だけの、形だけの趣味、散々散財してきたほとんどが他人の真似で手を出したものだ。自分が信念をもって続けていることは一つもない。
車は現在まで20台くらい乗り換えた、バイクも、仕事も(笑)
毎回、何らかの理由をつけて、やってはいけないこと周りとの関係やバランスがあるからと「ふつうの人間」がやりたくてもできないことを平気でやってきた。
そのせいで「つけ」が回ったきたことも無かった。
「なかった」と思い込んでいたたくさんのことが、実は大変な「変な」ことだったと、60にもなって真剣に考え始めてきたことがいわゆる「回ってきたつけ」なのだろう。
平穏な老後、一言でいうとどんな老後のことを言うのだろう。
想像もつかない。
趣味に没頭する、のんびりと生きる。
ものの老人向けマニュアル本にはそう書いてある。
振り返って「後悔」する気も「自分が変わる」気もない。ただ数年前に完全にストライクゾーンをついてきた人間の言葉がなかったら、いまだにこのようなことを書いていないし、むしろ「究極の変な人間」のままこの世からいなくなるのも悪くなかったと思う。
妻に「俺はやりたいことはだいたいやったから、死んでも後悔することないよ」と重い内容の「やりたいこと」とは実に表面的なことだけ。車を買った、あれもしたこれもした。
それを取ったら「何も考えずにやりたいことだけやって生きているだけ」という最悪な自己評価の低さになる。
他人に騙されても利用されても本気で怒ったことも悲しんだことも無い。難しいことは自分なりの解釈で切り抜ける。
持ち前の外ずら能力で転職して少しすれば管理職になっている。そして3年かけてじわじわと崩壊していきそこに居られなくなるまで関係をこじらせる。
つい半年前もそのループに3分の1くらい入っていた。
60にもなって、という気もない。同じ年代の人間の多くは「年の功」がにじみ出ている。少々のことでは動じない、軽口は叩かない、不満を口にしない、人の悪口を言わない。
それに比べて私はまた「変な人間」ゆえの悪循環を始めようとしていた。いや、もう止められていないのかもしれない。
会社から切られたら、クビになったら、周りともめ始めるとそんな不安が頭をよぎる。自分で仕掛けたくせに不安を感じている矛盾。
ただ、これまで何回も繰り返して来た危機では、毎回深くは考えなかった。実際に何とかなってきた。「どっちを選んでも大丈夫」な状況を作って来たと思い込んでいた。
自分に思い込ませてきた「大丈夫」な案件のレベルは年を取るにつれてどんどん悪くなっていることに目を向けてこなかった。
絶望していることもなく、後悔もしていない。困ってもいない。
周りとニコニコうまくやることの優先順位は「まともな人間」の真逆にある。
それゆえにつらい目にあった自分が哀れだとか可哀そうだと感じたことはない。
