「変な人間」を自称する私は、ひどい状態になり完全に人間関係が破綻した相手にも平気で連絡することができる(笑)
向こうは「2度と顔も見たくない、連絡を取りたくない」そう思っているのが確定している場合、ほとんどの場合その相手から連絡が来ることはない、お互いの暗黙の了解だからだ。
そんな相手が人一倍多い私なのに、5年後フェイスブックでたまたま見かけたからとか、何年も一方的にご無沙汰していた相手にも、「ご無沙汰してます」「元気ですか、あの時は申し訳なかった」「率直にお詫びします」と連絡を取る。
向こうは「ふつうの人間」だから無下にはせず社交辞令を返してくる。もんだいはそこからだ、「変な人間」な私は、それを「あーよかった、許してもらえた」とやってはいけない解釈をしてしまう。
当然、その後何回か連絡をしても返事がくることはない。
何度か、仲直りをさせようと優しい人間が代理で電話をしてきてくれたが、電話の向こうで「あいつはもう知らん、電話すんな!」と怒鳴っている声が聞こえた。代理の人は「すまんな、今手が離せないみたい」と嘘をついてくれる。だからといって相手に腹が立つことも無い。
あるときは、もと働いていた職場にソフトウェアの保守に行った際に、昔の同僚がいて明らかに起こった表情で私のそばを通り過ぎて行った。その時も「あの頃は(在職中は)迷惑ばっかりかけたね、申し訳ない」と言えてしまう。当然無視されたが、特に傷つくことはなかった。
そんなお花畑なことをまだまだ繰り返していた。
30歳で転職して、以降駆け足で数年前のあの日まで生きてきた。これまでみんながせき止めていてくれた、いや言う価値もないからと言わずにいた数々の単語を、精密攻撃のように直接言われる出来事があった。
そしてその会社から逃げた、さすがにいろいろ考えて同じ過ちはもうしないようにといろいろ考えるようになった。
ただ…絶望的なのはやはりまだ「考える」だけだったからそこでも同じことを繰り返してしまった。今年の1月以降は、まさしく「凝縮された」私の悪いところが出た。職場でも浮いてしまった。話を聞かない人も現れてしまった。
それでも、つい最近まで「自分は嫌われていない」と思い込んでいた。皆、普通に接してくれるし、時々雑談もしてくれる。
そんな、空気の読めなさや、物事の感じ方、について発達障害を疑ったこともあった。今よく言われる「大人の発達障害」だ。
いつか機会があったら心療内科を訪ねてみるつもりだが、本やネットの情報をみる限りは発達障害ではないようだ。
性格と病的なもの、の境目があいまいになってしまうだけだった。確かに「嫌われていることに気づかない」「今やってはいけないことをやってしまう」「すべてをぶち壊してしまう」という行動は何度かあった。
どうすれば「ふつうの人間」ぽくふるまえるのか、「ふつうの人間」に近づけるのか。
気が付けば60歳を超え、もう一度「あの日あの時」を思い出してみることにした。
