第2話
父の自宅介護の合間、上賀茂の川べりを歩いた。
コロナ禍では観光客も居なくて、地域と共存している白鷺やアオサギが、散歩中の老夫婦に『写真撮ってよ』とばかりポーズを取って近寄って来たものだ。
今はボチボチ旅行中のカップルや親子連れの人手が行き交う。
父が眠っている間に、お昼ご飯を済ませよう。MKボウルんとこに、ビュッフェ形式のレストランが在ったはず。
そういえば、MKのハイヤー運転手、成りたかったんだよね。。。ドライバーというより、接客のプロばかりだった。
国家間の要人や来日中のミュージシャンなど、関西空港から京都会館(シアターローム京都)や大坂城ホール、国際会議場などの送迎は、いつもMKのハイヤーが活躍していた。
自分が立案したプランで外国籍観光客の通訳ガイドも兼ねた運転手もできて、スキルを活かした夢や志が詰まってる、就業先だった。
入社採用は決まったけど、コロナ騒ぎでパンデミックが起きてしまい、研修中独り立ちする前に営業所休館となり、自活が困難な為あきらめざるを得なかった。
あれが最後に受験した入社試験か。。。
そういえば、が続くけど上賀茂営業所でなく、山科のMKボウルのそばだったよね、、、ボーリング・ピンのシンボルの裏側に、信哉さんが就職した『昭和光学』の本社と工場があったはず。
新幹線で帰省する時も帰京する時も、八条口に潜り込む前にスピードが緩くなると、見えて来る場所。
そんな事思い出した事もなかったのに、取りこぼして来た懺悔の欠片といっしょに、心の表に現れた。
もうアミューズメント施設は2022年に閉店して、MK山科営業所がリニューアルしてるけど、あの本社と工場はまだ在るよね。。。
「営業マン採用やから、あんまし社屋に居る時間ないけど、こないだ入社前に挨拶に行ったらね、いきなり工場の人達もみんなでボーリング大会やった」
仲間ができる、という事が信哉さんにとって、どのくらい嬉しい事だったのか、けっこう外交的な私は本当には理解していなかったのかもしれない。
同じ年だけど。
私は外語大を三年中退して、22歳から1年間ニュージーランドへ語学留学していた。帰国してからバイトしながら、フリーランスで通訳ガイドするための準備をしていた。
そのバイト先で出逢った信哉さんは、一浪してから衣笠キャンパスの大学をちゃんと4年で卒業できそうで、そして就活の真っ最中という時期だった。
新京極の路地へ奥まった処のカフェ・レストラン。目印は白い螺旋状のスケルトン階段。マスターや家族が住居へ往復する以外は、観葉植物が1段置きに占拠している、階段の向こう。
久しぶりに『Cafeteria★ATO』へ行ってみようかな。。。
あいかわらず、同じ場所に存在し、少しホッとした。
客層もあいかわらず、付近のデパートの〈ハウスマヌカン〉や〈アパレル・ギャルソン〉とやらばかりだ。
朝の時間帯は職業不明年齢不詳な人達が多いけど、近くに〈京都花月劇場〉が在ったから、あの頃はお笑い芸人さんもチラホラ来店されていた。
奥まった路地にあるせいか、めったに観光客は見られない。
マスターが私にホットコーヒーを差し出しながら、いかにも今思い出したように、声をかける。
「信哉くん、覚えてるか同じ頃ここでバイトしてた、嶋村信哉くん」
「あ、はい。立命行ってて就職決まった頃でしたね、彼」
「信哉くん、社長に成ったんだよね」
「えっ、〈昭和光学〉の」
マスターは大きく縦に頷いた。
「、、、そうなんだ」
私には言葉がそれ以上出てこなかった。
つい先日Uターンして京都に戻った時、急に思い出した、なんて偶然すぎて言い出せなかった。
「頑張ってますね。。。私なんか還暦迎えてさっさと帰って来ちゃった。お勤めは辞めちゃった」
「、、、そうか。もうそんな年かぁ。。。」
「はい。そんな年です。
もうあんまし時間とか人間関係に縛られないで、子供に還って行きたいです」
マスターはグラスを片付けながら、ボソッと何か呟いた。
あっ、それ以上何も聞きたくない。
結婚したとかしてないとか、子供がどうとか、、、今に繋げたいわけじゃない。
ただ、「ごめんね。。。」とひと言、言っておきたかった人なのだ。
「シンヤ」といえば、『島浦伸也』。
こちらは学生時代本当に3年以上付き合っていた、セミプロのサーファーだった。
その別れたか自然消滅かのすぐ後、出逢ったのが『嶋村信哉さん』だった。3人共の誕生日が過ぎた、初夏の頃。
「やめてよ、、、その取って付けたような、語呂合わせ。。。』
と、あまり積極的に好意を持とうとはしなかった。
けど、元カレの伸也よりも誠実な人間性だった。
「信哉くんはさあ、ほら、あのガリレオ先生の俳優に、似てたよね」
「、、、あぁ、云われてみれば。
ハイハイ、似てましたね、若い頃のあのミュージシャンに。
整い過ぎて、あんまし個性のないシュッとした顔」
ついでに言うと、髪型だって当時は「容疑者Xの献身」の湯川学准教授に似ていた。
もっとついでに言うと、「島浦伸也」の方は、友人の刑事に近い「テルマエロマエ」系だ。。。
LOOKSは全然印象がちがうけど、職業も違う、らしいけど名前は「ほぼほぼ同姓同名」なのだ。
なぜだか今は、セットで思い出してはいない。
寄って来る女の子に片っ端から愛想の良い伸也だったが、私史上2番目に長く続いた元カレで、信哉さんとは付き合う事にはならずに、多言語コールセンター所属で上京してしまった。。。
だからなのか、陰に隠れてしまった出会い。
マスターが何かしらずっと語ってはいるが、私は右から左へスルーして、愛想の笑みだけ浮かべていた。
マスターの姉上の家族と、いわゆる家族ぐるみの付き合いで、カラオケボックスに出かけた、夜。
、、、だったかな二人で乗った車のまま、私の部屋へ初めて上がった人だった。正確には、伸也が訪れなくなってから、初めて。
とっても気まずい、沈黙。
ごまかしの照れ笑いと、やたらに早口な話題の切り替え。
彼は所在なく、上半身裸のまま、なんとも複雑な笑顔を作っていた。ベッドの上で。
「あの、、、気にしないで。
私もそんなつもりやなかったん。。。」
「いや、そうやなくって。。。」
「ごめん。急ぎ過ぎたね、お互い」
「、、、そうかも」
私もベッドの下にうずくまって、体育座り。
「私、もう横浜の多言語コールセンターに所属する事に、決めてたん。みなとみらいの」
「うん」
「もっと早く出会っておきたかった」
「、、、ボクも。ごめんよ」
「謝らなくって、いいから」
「いや、立たなくって。。。」
「うん。私も気持ちがついて来てない」
なぜだか、ふたりともクスッと笑えた。
「いい加減にするつもりなかった。
けど、ちゃんと付き合えないのに、こんなんなっちゃって。。。」
「あやまるなよ。つらいやん」
「。。。」
「まだ、だれか、引きずってるでしょ」
私は観念して頭を縦に振った。
それっきりでもないけど、家族ぐるみのみんなを心配させたまま、私は初雪といっしょにバイト先を跡にして、上京した。
伸也は女扱い馴れてるのに、いつも白いVANブリーフだった。見かけによらず温い誠実な居心地の信哉さんは、意外にも紺色のビキニだった。
ヒトは見かけに寄らないけど、やっぱりタイミングって、あるよね。。。
「何のタイミングって」
マスターの声で我に返った。
「呼んでるのよ、早く片づけとけって。色んな置き忘れや取りこぼし」
「心の断捨離か。近いんかいなにか喜ばしいことが、近い」
「そうかも。そうかもだし、もっと遠いかもだし、でも問題ないし。。。」
「そうかい。伝えとくよ、信哉くんに。喜ばしい事が近いって」
「うん。会わない方が、好い。
ごめんね、だけ伝えたかった」
「それで、伝わるよ、きっと」
「ありがと、マスター。コーヒーおかわり」
その時、スマホが珍しく着信。
「ほら来た、彼氏や」
「残念友達の女子。ふう子から」
ーーー to be continued.