~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
Vol.2-①
「お客さん、お客さん!?もう終演しましたよ?」
青いスタッフジャンパーを着たイベンターの警備員が、アリーナ席ひな壇の客席の、1人に声をかける。
カクンと、頸をうなだれたまま、その客は微動だにしない。
真っ白な、ボア襟付ツィ―ドコートをまとったその女性客は、サイドの髪と前髪が垂れ落ちて、顔を覆っていて表情は視えない。
「まいったなぁ。眠っちまってる?
独りで来たかな。。。」
イベンター・バイトの警備スタッフは、同じ青いスタッフジャンパーを着た、同じように若い仲間を振り返る。
「おい。まだ残ってんだよ、もう閉館するのに。
来てよ、ちょっと」
大きな声で仲間を呼んでも、全然動かず上半身は前にうなだれたままの、20代くらいの女性。
右片耳ピアスが、長い目の極細チェーンで、揺れている。
バイト警備員の報告で呼び出された、年配のスーツ姿のイベンター担当者は、その星型チャームのアメリカンタイプ・ピアスを見て、思わず呟いた。
「ポラリスか。。。顔上げたらチェ・ジゥだったりして」
担当アーティストがLIVE進行真っ最中は、ホール扉外のロビーや喫煙エリアで見かける、現場のイベンター側では1番エラい人らしい。
後ろに控えた若いスタッフは、そんな昔の韓流ドラマキャラなんか知らない。BTSやKARA止まりだろうか。
軽く優しく、右肩をトントンと指先で叩き、起こそうとする。
その時足元のひな壇の床を見た瞬間、ハッとした。
真っ白なショート・コートの下から、真っ赤な鮮血がしたたり落ちている。血液の雫が、前列のシート席の脚元に溜まり始めていた。
「うわっちょっと女子スタッフ呼んで来て
誰でもいい。ベテランのやつ」
年の功で、ひょっとしてな、判断。
「妊娠してたかもしんない。。。
ちょっと、警察、、、イヤ119番の方だ」
青いジャンパーのスタッフの一人が、119番通報のスマホを耳に当てている間、男性スタッフには背を向けさせて取り囲んでもらう。
呼ばれたアラフォーくらいの女子スタッフのベテランが、気を失っている様子の女性の、コートの下の衣服を確かめる。
むしろ、外傷だった。
ショート丈コートの下はかなり薄着で、直接衣服に外傷の跡は無かった。
ノースリーブのアンゴラセーターには多少の血痕は付いているが、殺傷キズは生地にはない。
けれどアイス・ブルーのそのセーターの裾から、ツイード・スカートやショート・ブーツにまで、血液がこぼれていた。
分厚い80デニール以上の黒いタイツには、固まってどす黒くなった、血液の跡。
「おい救急車来る前に、外のファンの固まり、追い返すんだ
いいな関係者以外、敷地内に残すな。
招待客もだ。みんな帰せ。すぐやるんだ、行け」
スーツ姿の年配イベンターの指示で、青いスタッフジャンパーの面々はそれぞれに散って行った。
ベテランらしき青ジャンパー・スタッフが細かく手分けの指示をして、外回りの青いロング・ダウンコートのスタッフにも伝令を頼み、部外者の締め出しを始める。
面倒な事態を少しでも軽減するためだ。
ベテランのアラフォー女子スタッフが、腕時計を確かめる。
「閉館まで、あと1時間もないです。
トビの舞台こわす人達以外は、ホール内から出てってもらってください。アーティスト側には伝えますか❔」
女性スタッフの問いに、スーツ姿のイベンター側担当者はしばし、考え込み沈黙した。
「、、、報告はしておかなくっちゃ、な。
身元が分かっても、事務所側とは関係ないだろ。
現場じゃなくって、〈統括〉の佐々木さんに報告するよ。
今日、来てるし」
「わかりました。私はここに残ります。
お願いします、そっち」
「分かった。救急車来たら連絡しろ。
オイ田中。おまえ外で救急車の到着を見張ってろ。
ここまで誘導するんだぞ?
ブタカンさんは?警察にすぐ伝えるかは、相談するよ」
「はい。とりあえず、楽屋の佐々木さんに」
大きく縦に頷いたスーツ姿のイベンター担当者は、足早に楽屋に向かった。
入れ違いで、異変に気付いた舞台監督が、潰されかけているステージの方から、アリーナ席後方に向かって歩いて来る。
「、、、ふたり、、、できる。
知らせに。。。」
不意に、負傷者の白いコートの女性が訴えた。
ーーー to be continued.