~私立探偵コジマ&検察官マイコのシリーズ~
Vol.1-⑥
なんだかんだと出会いから半年ほどが経過した夜、黒田玲苑が口にした言葉を、河隅美咲はずっと気にしている。
「僕、もうすぐセミリタイヤしたいんだ」
〈セミリタイヤ〉が〈引退〉とはどう違うのか、美咲は今だに分かりかねている。
黒田が宿泊しているホテルのロビーに在るカフェラウンジで、 3年経過したつい最近も、同じ事を語っていた。
ベルガールとして配膳に伺った時に、初見では意味がまったく分からなかった。人気絶頂に見えるのに、辞める事考えているなんて体外的にはオクビにも出さないし、何故なのか語ってくれても、どうしてステージで歌う事を止めなくちゃいけないのか、要領を得ない。
当たらず触らずにしか接しない自分に、言い淀みながらも何故語るのか、よくわからない。もっと身近に親身な彼女が居るだろうし、噂レベルでは複数の熱愛報道とやらが、メディアで流れている。
立ち入った話を訊き返すわけにも行かず、ただただ最後まで語るのを受け止めていると、カップのコーヒーが冷めてしまっていた。呼び出されなければ、美咲も勤務から帰路に着いていた筈。
先日の、その夜。
ファンや〈追っかけ〉らしき女性の姿も、今夜は見当たらない。遠巻きに側近のマネージャーが一人、待機しているだけだ。
「今日は何かあったんですか❓何年か前にもその話聞いたけど。いつもなら、こんな第三者の出入りの多い所で、お話はできないから」
「あ、いや特には何も。
そのセミリタイヤの話したのって、3年前でしょ❔」
「多分」
「3年前に決めた時点で入ってたオファーやスケジュールが、やっと片付くんだ。このLIVEツアーが、埼玉スーパーアリーナで終わったらね。あと半年足らずなんだ」
「、、、そうなんですか」
「活動休止では、ダメなんですか❓しばらくだけ、みたいな」
まったくメジャーなメディアから退くってこと❓
LIVEももうツアーやイベントを演らないって意味なのですか❓」
「いや違う。無期活動休止。
期限を決めないけど、全く引退してしまうわけじゃないんだ。
美咲ちゃんとの関係性を、変えたいんだ。
職種を変えて、お勤めの仕事を辞めてほしい」
「えっ❓」
「僕としっかり向き合ってほしい」
「それって、、、今なんて❓もいちど」
「男と女で、ちゃんと付き合ってほしい」
「。。。」
美咲はハッとして、側近の男性マネージャーの方を振り返った。話の内容が想像ついているのか、彼は深く縦に頷いた。
必要最小限しか会話もしたことがないその男性は、いつも暗黙のルールのように目線でモノを云い、頷いたり顎で指示したりする。このマネージャーでなくっても、職場では遠くから目で合図して宴会のアシストする事はあるから、だいたい予測で動くけど。親しく接してもいない人にイチイチ指図されるのは、あまり好きではない。特にこれは、プライヴェート時間なのだから。
唐突すぎる。
会う事を断りにくい状態に作られて、なし崩し的にホテルウーマンのフォローのように従わなくては、ならんの❓
そのまま主従関係が移行したように行動を制限されるのは、自由奔放やなくったって、辟易するやろ。。。
これはある種のパワハラかモラハラ、カスハラ(カスタマー・ハラスメント)やろ。。。
好かれてるのは感じるけど、私は仕事の延長の域を出ない行動しか、取っていない。もちろん彼女である認識は、無い。
いきなり❓
年上の男に、よくあるアプローチやわ。
あのマネさんも同じ年頃やろ。まいったな。。。
「あの、、、ここまでのこのこ来といて、こんな事そんなつもりじゃないって、言うのも変ですが。
ごめんなさい。勤め人は辞められません。
ガッツリ付き合うのも、出来ません」
「えっ、なんで❔」
「なんでって。。。
私、冬の間の仕事のために、夏場は自活しなくちゃいけないんです。その手段としてホテルウーマンやってるんです。任されてる担当のキャリアもあるんです。
ちょっと返事はできません。マジで向かい合うってできません。その説明しなくちゃいけませんか❓」
「ちょっと待てよ
そんな早口で言うなよ。意味わからん。
僕のことキライ❔」
「いえ。好きも嫌いもないです。いきなり」
「、、、キライじゃないんだね」
「いえだから。。。好きも嫌いもなくって当たり障りない話した事しかなかったです」
「、、、怒んないでよ。キライではないって判ったから」
美咲は言葉を失くした。
男性マネージャーが近づいて来た。
「玲苑。この子めっちゃ正直に言ってるだけだ。
騒がしくなるから、日を改めて次回にしろよ」
美咲は胸を撫で下ろした気分で、少し落ち着く。
年上マネージャーが続けて、問う。
「冬場の仕事って、何?」
「スノーボードのインストラクターです。選手権にも出場してるんで、冬は逢うの、無理ですよ❓」
「そっか。スノボのインストラクター
それは、好い。良い良い。有りだそれ。
それは、続けたいの❓」
「はい。だから、ガッツリ彼女みたいに付き合うの、無理ですよ❓」
「僕だって、しょっちゅうしょっちゅう逢えないよ」
あくまで食い下がってきそうな黒田玲苑。もの分かり良さそうで穏やかだが、黒田の気持ちに応えていく意志を見せた、男性マネージャー。
美咲は深い座り心地のソファから立ち上がった。
深々と、ホテルマンのクレーム対応みたいなお辞儀をして、告げる。
「申し訳ないです。見逃してください。
そんな事、即答できませんし、考えてもいませんでした。
気づかなくってごめんなさい。接客の仕事上の愛想の良さだと、思ってください。
失礼いたします」
踵を返してスタスタと歩き出した美咲の背中に、もう一度黒田は声かける。
「また、次回を作るぞ京阪神に来るから。
よろしくな」
振り返って再度、美咲は90度のお辞儀をする。
黙ってそのホテルの回転扉をくぐり、外の五条通に出た。
弦人くんなら、どういう対応するんだろう。
あの黒田玲苑よりも後に出逢っているけど、もっとすぐに打ち解けて、すでにゲレンデに住み着いて仕事してる事は、分かっていた。
こういう強引さは、ない。
ないけど、、、ないから同じような間柄のままなのかな。。。
当たり前にいつかは、近い未来の事として考えなくてはならない事だ。
だけど、選手デビューしてからも、まだ2シーズンしか越えていない。その『いつか』が随分早く来てしまった感が、あなた美咲には根強いのだ。
まだ、話し合うのは怖い。
弦人くんも、順調にライヴハウスで観客動員数を増やし始めたばかり。お互い、逢う暇もない。電話とLINEだけだ。
けれど、決めておかなくっちゃスノボに没頭もしにくいかもしれない。1人の競技者として。
そろそろ、切り替えなくっちゃ。。。
ゲレンデ・モードの私に、シフト・チェンジ。
それにしても、明るすぎるお月様やねぇ。。。
半月の月明かりは、昼間以上にクッキリと明るい。
〈五山の送り火(大文字焼き)〉も過ぎて行き、季節はこれから紅色や黄色の深い秋模様に、移って行く。
この半分の月、なにげに赤い。
〈ストロベリー・ムーン〉は満月の夜のはずだけど。。。❓
ーーー to be continued.