まあ、塁=城・砦なわけですが・・・
BASEBALLにおけるBASE=塁 も、砦を陥していくというゲームな訳で・・・って野球の話は今日はやめまひょか・・・
中濠南側の土塁は道路が横切っているところ以外はほぼ残っていますが、下を石垣で補強した腰巻石垣となっています。
おそらくこれは濠を埋めて2号線にしたときに補強したものでしょうね。いくら版築したとしても崩れる恐れはあるわけですから。
で、片側4車線一方通行がほぼ当時の濠跡と思って間違いないでしょう。
「中の門」 でも書きましたが、国道2号線は姫路市中心部では西行きと東行きの一方通行となり、各々4車線 (場所によって違うが) となります。
最初は面食らいましたが、渋滞緩和にはいい方法だと思います。大分でもやるべきなのでは?
ただ、姫路ではその合流点が1~2車線な為そこでよりいっそうの渋滞が起きます。
イミなしホウイチ
はい、写真 どん!
この石垣が、城が機能していたときのものかどうかは、ここにきていただける方ならお解かりいただけると思います。
秋の空と百日紅が綺麗ですねぇ・・・ってカメラが200万画素携帯なのでそれなりにしか写っていません。
ま、ということで、野里門 (門の遺構は残っていないが) から内京口門南までは濠も土塁も結構遺構の残る姫路城中濠、鳥居口門周囲は全く跡形もなく、総社門から2号線沿いに、濠は道路になったが土塁は残っていますよ、って云うのがわかっていただけましたかね。
総社口から西南角・車門まで真ッストレートの塁線ながら、門は技巧精に富んだ石塁作りの枡形門が連なっている (=並び虎口、というやつですね) ということです。
ちょっと真っ直ぐすぎて (=道路に沿いすぎていて) 「後付けなんちゃうん?」 とか思っていましたよ、うん。横矢とかもっと効いててもいいと思うのですが。