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夫と死別しました

夫と死別して胸にわくさまざまな思いを
言の葉にしておこうかと思うようになりました

桜の花と共に飛んでいってほしい空の向こうへ 

一方、私の実母は大正生まれで義母よりいくつか年上である

 

実家は神奈川の地主で6人兄弟の次女、女中さんのいる大きな家。

 

明治天皇が休憩に使ったと言われる記念の樹があり、大きな蔵と

 

大きな家と大きな裏山。祖母の兄弟が死に絶えて祖父は婿養子であったが

 

教育者であり、家には大きな書斎があるので、私は夢のような思いで

 

そこに入り浸っていた。ごはんをたくのは土間だし、犬もいたけど、人間のごはんは十分な家なので

 

戦争前から珍しくもそれは愛玩犬であり、女姉妹5人、男兄弟一人という家で母はなんの不自由もない暮らしをしていたと思ってもよいだろう。

 

女学校も裁縫学校も栄養学校も無事に卒業して終戦後、勤めにでた母は父と知り合うが、いみじくも、婚約の日に、結核で入院して

 

長い療養生活に入るのだった。山の中で6年療養したあげく

 

やっと抗生物質が世にでていちかばちかの手術で輸血が必要になる。

 

この頃の輸血は売血であり、24年後C型肝炎による肝硬変で

 

55歳の時に余命10年といわれることになった。