山川秀樹のブログ -29ページ目

大晦日に寄せて

 お早うございます。大晦日の朝です。
 先の見えない混沌とした社会情勢の下、公私ともになかなか希望が見出しにく
いしんどい、不安の多い1年でした。でもなんとか大晦日、良いお正月を迎えら
れそうでありがたく幸せな限りです。

 先週で公私すべての予定が終了したのですが、なんだか心身ともにとても疲れ
ているようで、ぼーっとしたここ2・3日を過ごしています。

 そんな中でも12月には仙台での貴重な体験とすばらしい人たちとの出会いが
あり、土曜日にはレッスンやその後の酒井さんとの雑談で、来年の自分の課題も
明らかになり本当豊かな気持ちになれました。

 そして、28日には、幸運にも現在のフェスティバルホールでのポピュラーミュ
ージックの演奏会の大とりの公演に立ち会うことができました。ネタばれを防ぐ
ためもあり詳しくは書きませんが、日本を代表するロック・ポップスのミュージ
シャンのらいヴと言っておきましょう。もうお分かりですよね。
 この日は、今年いっぱいで取り壊されて建て替えられる、大坂フェスティバル
ホール四日間公演の千秋楽でした。彼の歌声も、バックを勤める日本屈指のミュ
ージシャンたちの演奏も、完成度が高くまさに珠玉のパフォーマンスでした。
 アンコールにはすばらしい女声シンガー(誰だかわかりますよね。)も登場し
て、数曲すばらしい歌声を披露してくれるというサプライズもあり、最高の3時
間半でした。

 けれども、やはり納得がいきません。
大坂フェスティバルホールの音の良さには各界から定評があるわけですが、
(以下当日の演者の弁)、「いまさらいくら言ってもせんないことなのですが、
このホールは50年ほど前、それこそ今のような建設用のクレーンなどの重機も
発展していない、パソコンやcadなどもない状況の下で設計されて、ほとんどと
び職や左官などの方の手作業で建てられたとのことです。ですから、いまだに1
度も雨漏りなどしたことがないし、そうやって手作業で建てられたからこその音
がするのです。
 それを単に老朽化したからとか言って、再開発だかなんだか知りませんが、な
ぜ壊してしまうのでしょう。
 立替のときには、現在のホールをデジタル計測して今のホールの音の良さを再
現すると言っているそうですが、果たしてそんなことができるのでしょうか。
 ヨーロッパでは何百年前の劇場を市民が守っているのに、日本ではそれはでき
ないし、取り壊し反対の声は上がっても結局その動きを止めることはできません。
 本当にこんなことゼネコンの陰謀でしかありません。」という趣旨のことをmc
でも盛んにおっしゃっていました。
 全く同感です。
 しかも、この再開発・取り壊しの動きに、比較的文化を大切にしていて、リベ
ラルだと言われている朝日新聞も大きく関与しているわけですから、いったいど
うなっているというのでしょう。フェスティバルホールが入っているビルは、確
か朝日新聞社の持ち物なのですよね。
 上のようなお寒い動きにも、この「国」の文化状況というか、文化とそれに関
わる人々や組織が抱える問題が集約的に反映されているようにも感じるのですが。
 すみません。どうしてもやりきれなくてぐちってしまいました。

 何はともあれ、普段いろいろあったり、先行きが不安でも、こうしてすばらし
い文化に触れて年の瀬を迎えられるのは、ありがたく幸せなことです。
 みなさんもくれぐれもご自愛の上、良いお年をお迎えください。また、来年お
会いしましょう。

小田和正さんクリスマスの約束2008、仙台ネタ2、ありのまま性

 みなさんメリークリスマス!いかがお過ごしですか?
 いまさらですが、昨日はイブ、今日がクリスマスなんですよね。
 とはいえ別に特別な予定もなく、いつもの日常を過ごしています。日常に戻ってくる
につれて、普段から何もできていない、何もしていない、そんな自らの有り様にいまさ
らながら唖然としています。

 昨夜で仙台メディアテークでの高嶺格、大きな休息展が終了しました。お世話になっ
たスタッフのみなさん、そして、何よりお越しくださったみなさん本当にありがとうご
ざいました。
 こんな日常に戻って唖然としているぼくですが、あの場での体験はいったい何だった
のか、これからみなさんと何をしたり作ったりするべきなのか、もう少し考えてみたい
と思います。

 とりあえず今日は、早めに帰宅して、風呂にでも入ることにします。
 そして、夜11時30分からは、ビールでも呑みながら毎年恒例の小田和正さんの、
 クリスマスの約束2008
 http://www.tbs.co.jp/program/christmaslive_2008.html
 をみることにしましょうか。
 この番組毎年なかなか素敵なのです。そのときご覧になれないという方、録画してで
も音楽ファンには必見の番組です。
 だまされたと思ってぜひご覧ください。
 以下、仙台ネタ2ということで、22日月曜日に、この展覧会のブログに投稿した原稿
を掲載します。
 では素敵なクリスマスを!


ありのまま性

 みなさんこんにちは。アテンドの山川秀樹です。
 今朝の関西は雨模様、今週はこれからうんと気温が下がるとの予報です。仙台はいか
がですか?
 みなさまもくれぐれもご自愛ください。

 さて、年末最後のウィークデーがスタートし、ぼくも表面上はいつもの日常の中にい
るように思われます。けれども、実はまだ、仙台での体験というか、あの「大きな急速」
が残した大きな衝撃と深い余韻の中にどっぷりと浸っているのです。あの十日間がまる
でまだ昨日のことのようです。

 特に後半、スタッフのみなさんはもちろん、とりわけ初対面のお客様と、ツアー終了
間近におそらく共有していたであろうあのお互いの距離の近さはいったいなんだったの
かと、そして、あの十日間の日常とも非日常ともつかない出来事は、ぼく自身の生の有
り様にとってどんな意味を持つのだろうと、自らに問い直しているここ数日です。

 前回目が見えているお客様と、目が見えないぼくとの間にある「自明性」の差異とい
ったことについて少し触れました。
 そして、もう一つ今回の体験を通して抑えておきたいテーマがあります。それは自ら
の「ありのまませい」ということです。

 展示スペースに入ると、お客様にはその空間の全体像やあちこちに配置されている様
々な事物が1度に目に入り、時には何が見えるかを語り始めたりなさいます。ところが、
見えない状況で1歩ずつ導線を進んでいくぼくには、行き当たった事物の、それもほん
の一部分が手や体に触れるというのが、展示作品との最初の出会いとなるわけです。そ
こでぼくは、そこで触れた事物の手触りや触感、把握できる形などから思い浮かぶこと
を話し始めます。それは、過去に触ったであろうその事物と似たもののことであったり、
それを触ったときの出来事やその出来事に張り付いている思い出であったり、そのとき
触れたものやお客さんの話を聴いて妄想したストーリーや現象であったりします。

 それらぼくがあの空間の中で語ったことばは、まさに聴覚や触覚や嗅覚や味覚といっ
た、いわば視覚以外の感覚を通してぼくが育んできた感性や経験、感じ方や思考etc.を
基礎として、あの作品に触れたときにつむぎだされたことばだったのです。目が見える
お客様には、そうした感性から導き出されたことばの一つ一つがとても神仙だったよう
ですし、またたいへん興味深いと感じていらっしゃるようにも見受けられました。

 ここでもぼくとお客様の生きる世界の、異質性や差異が浮き彫りになったように思わ
れますが、こうした形でことばを通じて表現されたぼくの感じ方や思考の世界は、決し
て絵空事や作り事ではなく、ほぼ生まれたときから目が全く見えない状況の下で、目が
見えないという「障害」ゆえに生じる社会的な条件をもまたありのままに引き受けなが
ら生きてきた今のぼくのありのままの世界なのです。
 今回のアテンド体験を通して、そのぼくのありのままの感性や世界に改めて向き合う
ことができました。そして、目が全く見えないということから生じるであろう自らの障
害者性や、自分が社会的マイノリティー(被差別者)であるということも含めた、自ら
の「ありのまま性」を自らしっかりと引き受けて、その「ありのまま性」を堂々と突き
出して生きていくことの重要性やその社会的意義についても改めて気づかされたことは、
今回の体験を通じての、非情に貴重で大きな成果と言えるでしょう。

 回帰も今日を入れて後三日、労苦を惜しまずに奮闘しているスタッフのみなさんに感
謝と敬意を表しつつ、お客様やスタッフに様々な新たな気づきや気綱が生まれることを
祈念して関西からのメッセージとさせていただきます。

仙台ネタ1、自明性を問い直す

 お早うございます。そして、メリークリスマス!

 いつもの年末のあわただしい日常の中にいる、表面上はそんな状況に見える山
川です。
 けれども、実は仙台でのあの十日間の、なんとも言えない衝撃と深い余韻の中
にまだどっぷりと浸っているのです。ということで仙台ネタの第1回目をお届け
します。

 今日で展覧会もラストデー、思い入れたっぷりなだけにとても寂しいです。
 以下、仙台メディアテークのトップページからリンクしている、高嶺展のブロ
グに、去る八日投稿したものを掲載します。

 お早うございます。初めまして。
 アテンドをさせていただいている山川秀樹です。京都から来て、今日で仙台滞
在七日目の朝を迎えています。

 当初はすべてが初めてで何かとたいへんでしたが、アテンド四日目の公判ぐら
いからはかなりアテンドすることにも慣れて、お客さんとお互いの感性や気づき
を、分かち合うことができてきているようにも思われます。
 ぼくなんかにとっては、事物に触るということは、極当たり前の日常的な営み
であり、いわばあえて問うことのない「自明」の事柄のように認識してきました。
また、ほぼ生まれたころから見るという営みには無縁なぼくには、見える世界は
いわば未知のゾーンなわけです。

 ところが、お客様の中には、最初は目に入った事物や画像の様子を口にしたり、
各々の作品の前で立ち止まってその作品を見つめたりはするものの、なかなか触
ったり手に取ったりなさらない型がままいらっしゃいます。けれども、ぼくが作
品に触れて、その手触りから思い出す体験や過去に触った事物について語ったり、
説明を受けた画像から妄想する作品についての物語を語ったりすると、そうした
お客様が作品に積極的に触り始めたり、自らのことばや態度でその作品に触れて
みて感じたり気づいたりしたことを表現するようになる、そんなシーンがまま見
受けられるように思います。

 お客様の多くにとって「触る」という営みは、決して日常的な営みでも「自明」
の事柄でもないのだ、ということに改めて気づかされるここ数日です。そして、
お互いの感じたり気づいたりしたことをシェアーする作業を通して、ぼくもお客
様も、その自らの「自明の感覚世界」から、ほんの少しずつ解放されていってい
るのかもしれません。
 そして、そうした共同作業の積み重ねの延長線上に、自らの自明の世界を問い
直したり捉え返したりしつつ、新たな共生のための地平を育む地歩が創造される
ことを祈念して、後半のアテンドの期間を勤めたいと考えています。
 まだいらしていないみなさん、ぜひお越しくださり、ごいっしょに楽しいひと
ときを過ごしましょう。
 それではまた。

若い友人と

 十日間の仙台滞在を終えました。実に楽しく刺激的な十日間でした。
 現地でお会いしたすべてのみなさん本当にありがとうございました。また改め
て感じたことなど書きます。

 そして、今夜は東京へ、友人のt大学で美術史を選考なさっているkさんと久々
の再開でした。

 若いのに自分のことをよく知っていて、生きることや専門の美術についてのし
っかりした考えと好奇心、そして他の人への優しさや思慮を持った素敵な人です。
とても楽しく考えさせられるお話が聴けたのはもちろんですが、自分の20台そ
して、今を思い起こしつつ、恥ずかしくなると同時に、しっかり生きなければと
元気をいただいた一夜でした。
 今都内のホテル、風呂上りにエビス呑んでます。

 明日朝の新幹線で大坂・職場へ戻ります。

お早うございます

 お早うございます。仙台滞在もそろそろ後半戦、お客様をアテンドすることに
も、ホテルでの一人暮らしにもだいぶ慣れてはきました。
 夕食がついていないビジネスホテルにいるので、夜は外食、お金がかかるのは
ちょっと辛いです。でも、行ったおでん屋もラーメン屋も美味しかったです。
 そして、何といっても宮城県の特産牡蠣、生のものもわっぱ飯に入っていたの
も、もう最高美味しすぎました。あとどれくらい何が食べられるのかなあ?

 毎日お客様を案内し、対話しながら作品とも向き合う中で、自らのライフスタ
イルや行為や思考が、決して自明のことではないのだと、改めて実感しつつあり
ます。

 そんな様々なことを感じさせてくれる、「「大きな休息展」にぜひいらしてく
ださい。
 詳細は前回の日記をご参照ください。

仙台にて

 お早うございます。山川秀樹です。
 bcc送信にて失礼いたします。
 さて、今月七日から17日まで仙台に滞在しています。
 というのは、仙台メディアテーク
 http://www.smt.city.sendai.jp/
 で、24日まで開催中の企画展
 高嶺格 大きな休息 明日のためのガーデニング1095m2
 http://www.smt.jp/bigrest/
 に、アテンドスタッフとして参加させていただいているのです。
 展覧会のブログ
 http://www.smt.jp/bigrest/blog/
 には製作の様子や写真などが掲載されているようです。そして、アテンドスタ
ッフの声も掲載され始めました。(ぼくもそのうちに書くかも)
 ネタがばれるとまずいので、詳細は記述できませんが、なかなか斬新で刺激的、
かつ面白い内容です。
 作品には触ったり乗ったり入ったり、また形を変えたりもできる上、楽しく感
じたことをおしゃべりしながら鑑賞することもできるのです。
 そして、以下に記述のように、視覚障害を持つぼくらが、案内人を勤めます。
 関西からお越しくださるのは難しいかと思われますが、もしも時間が取れれば、
ぜひお越しいただき、この斬新で新鮮な高嶺ワールドを体感してみてください。
 また、関心がありそうな方、東北地方方面の方への宣伝もよろしくお願いいた
します。
 仙台での様子や感じていることも、ゆとりがあればまたブログなどにつづりた
いとは思っています。


 以下、この企画の詳細です。

展覧会の期間:11月29日から12月24日まで。

開館時間:午前10時より午後7時まで(11月29日~12月11日)
     午前10時より午後9時まで(12月12日~12月24日)

●なぜ目の不自由な方にアテンドをお願いするのか

高嶺の表現とは、速度/性/政治など私たちが翻弄されながらも無関心であろ
うとしている事象を作者自身がその身体をもって実証的に引き受けた経験の結
果である。それは、心地よい視覚的快楽をもたらす消費材としての「アート」
ではなく、あらかじめ用意された文脈で調和されてしまう「アート」ではな
く、無害な造形による宝物としての「アート」ではなく、カリスマによる権威
としての「アート」ではなく、私たちが自分自身の経験に照らして感じ、考え
る事のできる表現の追求である。展示された過去の作品からもそれら高嶺の挑
戦の軌跡を見て取ることができるだろう。そして更に、今回の展示では「消
費」という現代社会を生きる私たちに突きつけられた難題に挑んだ新作を展開
する。高嶺は、メディアテークの広大な空間に挑むにあたり、そこを物量で埋
めるのではく、むしろ埋めないことを選択した。やがて壊される廃屋を解体
し、その部材や廃品を利用しながら構成されるのは、消費社会が作り出した幹
線道路沿いの風景のような、匿名の荒れ地である。回り続ける消費のサイク
ル、アートもエコもすべてを容易に対象化し巻き込んでいくその巨大なサイク
ルが収束し停止した姿、高嶺が表現しようとしているのはそんな風景なのであ
る。消費という社会を形作る揺るぎないシステムが停止したとき、私たちは否
応無しにこれまでの生活や人間関係を問い直さねばならないだろう。高嶺は、
私たちをその原初的なコミュニケーションの状態へと引き戻し新しい価値観の
発見を促す。そのために、培ってきた造形技術や視覚効果だけに頼らず、むし
ろ視覚による理解をはぐらかし、メッセージの主体を視覚障害者に委任するこ
とで、視覚的なイメージの理解と、言葉による意味の理解の関係を取り戻そう
と試みるのである。
本展「大きな休息」とは、高嶺にとっての到達点であり、私たち自身の「今」
を顧みるかけがいのない機会でもある。

●展覧会の基本情報

◎高嶺格 大きな休息 明日のためのガーデニング1095?
造形美術、映像、パフォーマンス、そして舞台演出まで、身体を主軸にしなが
ら、軽やかにジャンルを横断し、性や言語、民族の壁をも越境していく表現
者 高嶺格の新旧の作品世界を紹介。 空間をダイナミックに使った巨大インス
タレーションが、光のページェントを臨むカフェスペースとともに展開します。
http://www.smt.jp/bigrest/

11/29 (土) -12/24 (水)  10:00-19:00
(光のページェント点灯後の12/12 (金) からは21:00まで)
6f ギャラリー4200
一般800円 高大生500円 中学生以下無料
20名以上の団体は50円引き、豊齢手帳、身体障害者手帳などをお持ちの方は半
額。 また、閉場の 1 時間前より半額。

●展覧会趣旨

「私」にはどうすることもできない、巨大なシステムに突き動かされている-
これが、現代世界に生きる私たちの実感ではないでしょうか。システムは情報
化・グローバル化した産業・消費のサイクルとして、またとどまることを知ら
ない監視化と規則の徹底として現れているように思われます。その息苦しさに
倦み疲れた私たちには、たしかに癒し、趣味、レジャー、ゲーム、グルメと
いった「娯楽」が許されていますが、それらもまたシステムによって供給され
る「小さな休息」にすぎないともいえます。このような時代に、「アート」と
はいったい何でしょうか?アートだってしょせんシステムの一部にすぎない、
とシニカルにつぶやくことは簡単です。けれどもこのようなアキラメの気分こ
そ、「巨大な力の前では思考を停止せよ」というシステムの指令を、もっとも
忠実に実行する態度にほかなりません。この困難な状況のなかであえて「私」
という領域に踏みとどまり、素朴であることをおそれずに表現し続けるアー
ティストのひとり、それが高嶺 格です。今回の展示では、これまでの自作を
振り返る機会をもった作家が、1.095m2という大きな空間と向き合います。こ
の空間の中に設置される高嶺の諸作品を「明日のためのガーデニング」とし
て、とらえたい。アートを「大きな休息」として、つまり私たちの心の庭を耕
し、希望の種子を撒き育ててゆく営みとして提示したいと思います。

良い音が出したい

 土曜日の夕方fm cocoloのアダルトオリエンテットレディオというAORを主に紹介する
番組に途中からダイアルを合わせると、なんとギタリストの松原正樹さん
 http://www.matsubaramasaki.com/
 が1時間にわたってゲスト出演なさっていました。そろデビュー30周年の記念という
ことで、先ごろアルバムも発売されたそうです。今回は何人かのすばらしいヴォーカリ
ストを迎えたaorテイスト満載の作品となっているようです。

 何曲か歌ものを中心にオンエアされていました。楽曲そのものやその歌唱、編曲や国
内の1竜ミュージシャンによる演奏がすばらしいのは言うまでもありませんが、やはり
松原さんのギタープレイはエモーショナルですし、その音色はまろやかでしかも太くて
芯があって極上というにふさわしいもののように感じました。
 昨夜東京のstb139でこのアルバムをメインにしたライヴがあったようですが、さぞす
ばらしいパフォーマンスが繰り広げられたことでしょう。関西でもその演奏聴きたいも
のです。

 月曜日の振り替え休日には、野田事件
 http://homepage2.nifty.com/nodajiken/index.html
 というある知的障害を持つ方の冤罪事件のイヴェントで、塚本さんのライヴサポート、
この事件の問題やイヴェントの内容はまたの機会に譲ることとしますが、pa担当のF君
のおかげもあり、当日は良い音で気持ちよくアコギを弾くことができました。
 この野田事件の課題をはじめ、障害者解放運動の世界で支援者・仲間として大学時代
から障害を持つ仲間とともに活動しているF君と最初に出会ったのは、もう10数年前に
なります。まだぼくがこの世界に入りたてのころでした。

 話しているうちに学年が同じということや音楽をやっていて、どうやらギターがかな
りの腕前であることが分かりました。その後1度今回のようなイヴェントを10年ほど前
にいっしょにやって以来、なかなか会う機会が持てずにいました。
 そして、確か数年前のある日、地下鉄の今里駅近くでたまたまF君と遭遇、聴くとい
くつかの教室でギターの講師をしているとのことでした。それからまた時間が経って、
月曜日に再開することができました。
 F君の提案で、マーティンのd18の前にマイクを立てて音をとることになりました。ピ
エゾーのピックアップを付けていて、プリアンプも持っているのですが、Fくんいわく、
マイクどりしたほうがミキシングがしやすいとのことでした。

 スケジュールの都合などでリハの時間は取れなかったのですが、モニターからはとて
もすばらしいバランスと音色のサウンドが聞こえてきて、とてもやりやすかったです。
F君も頑張ってブレンド(ミキシング)したよと言っていました。

 イヴェント終了後帰る前に彼のところに挨拶に行くと、「相変わらずうまいね。良い
音してる。」と言ってくれました。お世辞でもギターを弾いたり教えたりしている彼か
ら褒められると、やはりうれしいものです。

 F君とはほとんど音楽や楽器の話もしたことがありませんし、ちゃんと彼の音楽を生
で聞かせてもらったこともありません。また1度楽器を持って教室にでも遊びに行くと
言いつつ、会場を後にしました。

 もともとはアコースティックギターから入って、どちらかといえばアコギに慣れてい
る(デモ決してうまくはない)ぼくだったのですが、昨夜の夜はエレクトリックでレッ
スンでした。
 指だけではなく、手首全体をうまく使って、安定的にピッチ(音程)や音のゆれのコ
ントロールをしなければならない、ベンド(チョーキング)や弦を縦に揺らすビブラー
トには、もうずいぶん前からかなりの未熟さや不安定さを感じてはいました。というか
ちゃんとできていないのに、課題の克服から逃げていました。でも何時までも放置ばか
りはしていられません。

 とはいえいざやり始めてみるとなかなか思うようにはいかずに、かなりの時間と根気
と慣れを要する代物のようです。どうしても左手の不必要な力が抜けません。けれども、
やろうと決めた一月ほど前よりは若干ではあれましになってきたようです。
 簡単なコード進行でベンドやビブラートを多用した分かりやすいフレーズを繰り返し
ていると、なんとなくそれっぽく弾けつつあるかなあという気がしてきます。

 それにしてもすぐそばで弾いてくれた西本さんの音色やアーティキュレーションもや
はりいつもすばらしいと感じます。
 ああ、良い音が出したいです。

 来月七日から十日ほど仙台にいくことになりました。仕事とも音楽とも関係ないので
すが、詳細はまた後日。
 

おでんとか

 みなさんこんにちは。なんだか寒くなってきましたよね。今週の関西は、明日から真
冬並みの寒波とか。体調には気をつけましょうね。
 今、職場にいますが、なんだか足元が寒いです。

 ということでこんな寒い季節にはぬくもりが恋しいですよね。何のって!
 とりあえず暖かいものでしょうか?

 じつはぼくおでんや鍋物には目がないのです。ああ、食べたい。
 コンビニのおでんも悪くはないけれど、やはりおでん屋さんにいきたいですよね。

 居酒屋や食堂におでんもあるよってのは多いけれど、いわゆるおでん屋さん、おでん
の専門店ってのは、関西にはわりと少ないのでしょうか。おでんの屋台ってのもね。
 ぼくも数件しか知りません。
 それにしてもおでんに熱燗、ああ早く食したいものです。
 安くて美味しい関西のおでん屋さん情報も大歓迎です。

11月の鑑賞ツアーのご案内

 みなさん今日は。連休という方も多いと思いますが、いかがお過ごしですか?
 今週は風邪を引き込んで調子が悪い中、急ぎの仕事をしていたりと、ややしん
どい1週間でしたが、だいぶましになりました。今日は部屋で過ごしています。

 さて、三日、月曜日は文化の日、食欲やスポーツの秋も良いのですが、やはり
文化・芸術の秋を満喫したいところですよね。

 というわけで、ミュージアムアクセスビュー
  http://www.nextftp.com/museum-access-view/
 の11月の鑑賞ツアーのご案内です。
 お問い合わせ・ご参加お待ちしています。


ミュージアム・アクセス・ビュー 第21回美術鑑賞ツアー
「現代美術への視点―エモーショナル・ドローイング」展

■日時 2008年11月30日(日)
    午後2時~午後4時50分まで

■場所 京都国立近代美術館
(京都市左京区岡崎円勝寺町/電話075ー761ー4111)

■集合場所 1)1時40分 地下鉄東西線「東山」駅 改札
      2)1時50分 京都国立近代美術館前

■参加費  500円(入場料を含む)

■募集   見えない人、見えにくい人 10名
     見える人 20名

■当日のスケジュール
     1時50分~    受付開始
     2時~2時30分  鑑賞方法の説明/グループ分け
     2時30分~4時  鑑賞
4時~4時50分  感想会

■展覧会内容
ドローイングとはもともと線を引くというシンプルな行為です。
人間はみんな2、3歳ころからやっと一人でスプーンを持って食べる事ができる
のと同じく、鉛筆やクレヨンで紙に一本の線を引く原始的行為をします。
人類最古の絵画として認められたアルタミラの壁画もウシ、ウマ、シカなど野性
動物のスケッチ・ドローイングと言えるでしょう。今回の展覧会はそんなドロー
イングにエモーショナル(感情的な、感情に動かされやすい、感動的な)の形容
詞がプラスされてます。
現代アーティストたちは自分の内にひそむ感情を生のままで表現しようとする欲
求それ自体を大切にして、幼少期の記憶を探ったり、日記ふうに綴ってみたり、
子供の落書に触発されたり、生命性に愛情を注いだりといった手法を求めました。

晩秋の一日、参加されるみなさまが新しい一本のさらなる現在の自分線を発見で
きる鑑賞ツアーでありますよう願っています。
(コーディネイ ター:中山登美子)


■申し込み/問い合わせ 
 【ミュージアム・アクセス・ビュー/阿部】まで
  お名前、連絡先、障害の有無、同伴者の有無をお知らせ下さい。
 ●携帯電話 
 080-5352-7005
  (留守電の場合はこちらから連絡します。当日の緊急連絡もこの番号へ)
 ●メールアドレス 
 museum_access_view@yahoo.co.jp
   (受付後、折り返し確認メールを送ります)

新しい

 こんにちは。とりあえず新しい1週間がまたスタートしました。今週はずいぶん秋が
深まるとの予報ですね。 みなさん秋を満喫していますか?来週には連休・文化の日も
あるし、何か楽しいことしたいですよね。何かあれば、ご案内などもよろしくお願いし
ます。
 個人的にはやはり良いライヴやセッションのイヴェントなどがあれば、足を運んでエ
ネルギーや元気をいただきたいところなのですが。

 ところで、先日ご紹介した、19日に東京で行われた反貧困の集会、マスコミでも取り
上げられ、盛況のうちに終えることができたとのことです。

 以下、その集会で採択された宣言です。
 せめてこの宣言で述べられていること、とりわけ、社会保障費2千2百億円削減の撤廃
や、労働者派遣法の抜本的改正ぐらいは、すぐにでもみんなの力で実現したいものです。
 さあ、みんなで世直しです。

 「反貧困世直しイッキ大集会
 ~垣根を越えて、つながろう~」集会宣言


私たちは、今日ここに「世直し」のために集まりました。

どんな世を直すのか。
それは、人が人らしく生きられない、人間がモノ扱いされる、命よりもお金や効率が優
先される、貧困が広がる、そんな世を直すためです。

どうやって直すのか。
それは、一人一人が声を上げ、場所を作り、それによって仲間を増やし、守られる空間
をつくり、一人じゃないことを確認し、そして相互に垣根を越えてつながっていくこと
で直します。

私たちの社会は今、間違った方向に進んでいます。私たちはそれを直したい。それが、
私たちの責任です。「自己責任」などは、決して私たちが取るべき責任ではない。
私たちには私たちの、市民には市民の、責任の取り方がある。


いま、日本社会は大きな岐路に立っています。
労働者をいじめ続けるのか、人間らしい労働を可能にしていくのか、社会保障を削り続
けるのか、人々の命と暮らしを支える社会にするのか、お金持ちを優遇し続けるのか、
経済的に苦しい人たちへの再分配を図るのか、生存権を壊すのか、守るのか。

私たちの選択は決まっている。
私たちは、人間らしい生活と労働の実現を求める。


選挙が近い、と言われています。
政権選択の選挙だと、言われています。
しかし、私たちが求めているのは単なる政権交代ではない。日本社会に広がる貧困を直
視し、貧困の削減目標を立て、それに向けて政策を総動員する政治こそ、私たちは求め
る。

そのためにはまず、労働者派遣法の抜本的改正が必要である。また、社会保障費2200億
円削減の撤廃が必要である。
しかし、それだけでは足りない。雇用保険、職業訓練、年金、医療・介護、障害者支援、
児童手当・児童扶養手当、教育費・住宅費・子ども支援、生活保護、あらゆる施策の充
実が必要である。この国ではそれらが、貧しすぎた。政治は、政策の貧困という自己責
任こそ、自覚すべきだ。
道路を作るだけでは、人々の暮らしは豊かにはならない。

そしてその上で、国内の貧困の削減目標を立てるべきだ。貧困を解消させる第一の責任
は、政治にある。


私たちが「もうガマンできない!」と声を上げてから一年半。私たちは着実に、仲間を
増やしてきました。私たちの仲間はすでに全国各地に存在し、分野を越え、立場を越え、
垣根を越えたつながりを作り始めている。

小さな違いにこだわって、負け続けるのはもうたくさんだ。敷居を下げ、弱さを認め、
弱さの自覚の上に、強い絆を作る。それが、私たちの運動であり、私たちの世直しだ。


声をあげよう。
居場所を作ろう。
仲間を増やそう。

一人一人が、もう一歩を踏み出そう。
そして、社会を変えよう。政治を変えよう。


もう一度言う。
私たちは、垣根を越えたつながりを作ろう。
労働者派遣法を抜本的に改正させ、社会保障費2200億円削減を撤回させよう。

貧困の削減目標を立てさせよう。
そして、誰もが生きやすい社会を作ろう。


それが、私たちの権利であり責任だ。

以上、宣言する。
2008年10月19日、反貧困世直しイッキ大集会参加者一同。