イーソーマスター日記 -522ページ目

らしさ・・・とは

「我思う、故に我あり」


そんな言葉もあったなと思い、ちと以下のようなことを考えてみました。




人それぞれに個性がある。


他人のことはよく分かるのだが、いざ自分となると近すぎて見えない。


そう言えば


近すぎて見え~ない♪  軌跡があるね~♪


なんて歌詞があったなあ。


自分で思っている自分と、他人が思っている僕。


どっちが実像に近いのだろうか?




もし仮に、Aさんは良い子を演じていたとしよう。


でも、ずるくて意地悪な面がある。


でも、周囲にはそんなことは気づかせないだけの周到さを持っている。


Aさんには2面性があるのだが、誰でもいくらかの多面性は持っているもの。


Aさんはそんなふうにして20年も暮らしてきた。


周りはAさんを「良い子」と評価する。


でも、Aさんはそれが納得できない。


自分はそんなに「良い子」じゃない。


ジレンマに陥るAさん。




1)20年間「良い子」を演じてきたのだから、「良い子」だ。


2)本当の自分は、ずるくて意地悪だから、「良い子」ではない。


どっちが正しいんでしょう!?


僕には分かりません。


何か、はっきりとした基準があれば結論は出るんだろうか?

日本シリーズ

なんだか知らない間に、日本シリーズが終わってました。


中日の4勝1敗だったようですね。


中日ファンのみなさん、おめでとうございます^^


しかも、5戦目は2人の継投で完全試合だったとか。


本当に素晴らしいですね。


でも、そんな落合監督に非難の声もあるそうです。




僕は、当然の交代じゃないかと思ってます。


それは、山井投手本人の申し出があったというのが一つ目。


二つ目は、勝負の世界は厳しいのだ!っていうのを思うからです。


たら、ればで語っても仕方がないんですが、仮に山井投手を継投させたら、完全試合のプレッシャーから突如制球を乱す。


試合は一気に日本ハムに傾き、逆転。


中日の3勝2敗で札幌へ。


そこは、日本ハムの本拠地、勢いに乗って3連勝で逆転優勝!




麻雀で、ぬるい放銃をした後から目が変わり、目の前に合ったトップが消えていったことを思い出します。


因みに、落合監督は麻雀が強いそうです(?)。

九蓮宝燈

今回のネタは少し古く、2週間ほど前の難波店4階での3人打ちでのこと。


情けない話です。




この日は、淡路島から月に1・2度遊びに来ていただくTさんと横綱店長の3人で打ってました。


10巡目くらいにピンズのメンチンを聴牌。


面倒くさいので理牌せずでこんなかんじでした。


①④①⑨⑧⑧⑦①⑥③⑥⑨


並べ替えると


①①①③④⑥⑥⑦⑧⑧⑨⑨


ここに親の横綱店長からリーチ。


すると、②を引いて高目⑨なら「九蓮宝燈」の聴牌。


ここで、②ツモということで、ノータイムで⑧を切って追っかけリーチを宣言。


これが、放銃となりました。


久しぶりに、ちょいと手を開けて見せると、Tさんが面白そうにヤマに手を伸ばし、1枚ずつめくっていくと・・・


僕の1発目は⑨!


「やっちゃった!」ってのが感想でした。


でも、悔しさとか恥ずかしさが無かったんです。


そこがよくありません。




この手なんですが、よくよく考えると普段なら⑥を切るはず。


①①①②③④⑥⑥⑦⑧⑨⑨


⑧切りのメリットは①④⑦⑨と待ちが多い。


①①①②③④⑥⑦⑧⑧⑨⑨


⑥切りのメリットは⑦⑧⑨と待ちは少ないが、⑦がいい!


「リーチ・メンチン・一通・イーペーコー・」で三倍満以上確定。


結果論で⑥というのではなく、集中力の無さから⑥の優秀さに気づけず⑧で放銃した自分が情けない。


⑨が一発ツモだったのは盛り上がりましたが^^




しっかし、横綱店長が当たらなきゃ、この失着は軽く流してたように思う。


咎めてくれて有難う


と、そこまでは思えませんが^^


近頃、麻雀が軽いなぁ。