らしさ・・・とは
「我思う、故に我あり」
そんな言葉もあったなと思い、ちと以下のようなことを考えてみました。
人それぞれに個性がある。
他人のことはよく分かるのだが、いざ自分となると近すぎて見えない。
そう言えば
近すぎて見え~ない♪ 軌跡があるね~♪
なんて歌詞があったなあ。
自分で思っている自分と、他人が思っている僕。
どっちが実像に近いのだろうか?
もし仮に、Aさんは良い子を演じていたとしよう。
でも、ずるくて意地悪な面がある。
でも、周囲にはそんなことは気づかせないだけの周到さを持っている。
Aさんには2面性があるのだが、誰でもいくらかの多面性は持っているもの。
Aさんはそんなふうにして20年も暮らしてきた。
周りはAさんを「良い子」と評価する。
でも、Aさんはそれが納得できない。
自分はそんなに「良い子」じゃない。
ジレンマに陥るAさん。
1)20年間「良い子」を演じてきたのだから、「良い子」だ。
2)本当の自分は、ずるくて意地悪だから、「良い子」ではない。
どっちが正しいんでしょう!?
僕には分かりません。
何か、はっきりとした基準があれば結論は出るんだろうか?
日本シリーズ
なんだか知らない間に、日本シリーズが終わってました。
中日の4勝1敗だったようですね。
中日ファンのみなさん、おめでとうございます^^
しかも、5戦目は2人の継投で完全試合だったとか。
本当に素晴らしいですね。
でも、そんな落合監督に非難の声もあるそうです。
僕は、当然の交代じゃないかと思ってます。
それは、山井投手本人の申し出があったというのが一つ目。
二つ目は、勝負の世界は厳しいのだ!っていうのを思うからです。
たら、ればで語っても仕方がないんですが、仮に山井投手を継投させたら、完全試合のプレッシャーから突如制球を乱す。
試合は一気に日本ハムに傾き、逆転。
中日の3勝2敗で札幌へ。
そこは、日本ハムの本拠地、勢いに乗って3連勝で逆転優勝!
麻雀で、ぬるい放銃をした後から目が変わり、目の前に合ったトップが消えていったことを思い出します。
因みに、落合監督は麻雀が強いそうです(?)。
九蓮宝燈
今回のネタは少し古く、2週間ほど前の難波店4階での3人打ちでのこと。
情けない話です。
この日は、淡路島から月に1・2度遊びに来ていただくTさんと横綱店長の3人で打ってました。
10巡目くらいにピンズのメンチンを聴牌。
面倒くさいので理牌せずでこんなかんじでした。
①④①⑨⑧⑤⑧⑦①⑥③⑥⑨
並べ替えると
①①①③④⑤⑥⑥⑦⑧⑧⑨⑨
ここに親の横綱店長からリーチ。
すると、②を引いて高目⑨なら「九蓮宝燈」の聴牌。
ここで、②ツモということで、ノータイムで⑧を切って追っかけリーチを宣言。
これが、放銃となりました。
久しぶりに、ちょいと手を開けて見せると、Tさんが面白そうにヤマに手を伸ばし、1枚ずつめくっていくと・・・
僕の1発目は⑨!
「やっちゃった!」ってのが感想でした。
でも、悔しさとか恥ずかしさが無かったんです。
そこがよくありません。
この手なんですが、よくよく考えると普段なら⑥を切るはず。
①①①②③④⑤⑥⑥⑦⑧⑨⑨
⑧切りのメリットは①④⑦⑨と待ちが多い。
①①①②③④⑤⑥⑦⑧⑧⑨⑨
⑥切りのメリットは⑦⑧⑨と待ちは少ないが、⑦がいい!
「リーチ・メンチン・一通・イーペーコー・⑤」で三倍満以上確定。
結果論で⑥というのではなく、集中力の無さから⑥の優秀さに気づけず⑧で放銃した自分が情けない。
⑨が一発ツモだったのは盛り上がりましたが^^
しっかし、横綱店長が当たらなきゃ、この失着は軽く流してたように思う。
咎めてくれて有難う。
と、そこまでは思えませんが^^
近頃、麻雀が軽いなぁ。