「遠い国」           
田村隆一
 
ぼくの苦しみは

単純なものだ

  遠い国からきた動物を飼うように

  べつに工夫がいるわけじゃない

 

ぼくの詩は

単純なものだ

  遠い国からきた手紙を読むように

  べつに涙がいるわけじゃない

 

ぼくの歓びや悲しみは

もっと単純なものだ

  遠い国からきた人を殺すように

  べつに言葉がいるわけじゃない



「四千の日と夜」
田村隆一

一篇の詩が生れるためには、
われわれは殺さなければならない
多くのものを殺さなければならない
多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ

見よ、
四千の日と夜の空から
一羽の小鳥のふるえる舌がほしいばかりに、
四千の夜の沈黙と四千の日の逆光線を
われわれは射殺した

聴け、
雨のふるあらゆる都市、溶鉱炉、
真夏の波止場と炭坑から
たったひとりの飢えた子供の涙がいるばかりに、
四千の日の愛と四千の夜の憐みを
われわれは暗殺した

記憶せよ、
われわれの眼に見えざるものを見、
われわれの耳に聴えざるものを聴く
一匹の野良犬の恐怖がほしいばかりに、
四千の夜の想像力と四千の日のつめたい記憶を
われわれは毒殺した

一篇の詩を生むためには、
われわれはいとしいものを殺さなければならない
これは死者を甦らせるただひとつの道であり、
われわれはその道を行かなければならない



「細い線」
田村隆一

きみはいつもひとりだ
涙をみせたことのないきみの瞳には
にがい光りのようなものがあって
ぼくはすきだ

   きみの盲目のイメジには
   この世は荒涼とした猟場であり
   きみはひとつの心をたえず追いつめる
   冬のハンターだ

きみは言葉を信じない
あらゆる心を殺戮してきたきみの足跡には
恐怖への深いあこがれがあって
ぼくはたまらなくなる

   きみが歩く細い線には
   雪の上にも血の匂いがついていて
   どんなに遠くへはなれてしまっても
   ぼくにはわかる

きみは撃鉄を引く!
ぼくは言葉のなかで死ぬ

※改行、字下げは『現代詩大系』(1967、思潮社)に拠った



「二十億光年の孤独」   
谷川俊太郎
 
 
人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする
 
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ
 
万有引力とは
ひき合う孤独の力である
 
宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
 
宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である
 
二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした



「かなしみ」
谷川俊太郎

あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった




「暗い翼」
谷川俊太郎

空が降下してくる
厚い幕のむこうに無数の星の気配がする

大きな法則が
泣いているのを僕は聞く

月は誹謗され
雲も話さない

空とそして土の匂い
われわれのすべての匂いだ
しかしわれわれは
果して自分の立場を知っているだろうか

空が醜くなってくる
樹や蛙は誰かを憎んでいるらしい

神々が人間に疲労して
機械に代りをさせているのを僕は聞く

時間はガラスの破片だ
そして
空間はもう失われた

今夜 僕は暗い翼をもつ
すべての本質的な問題について知るために



「海」
谷川俊太郎

そこで地球は終わっていた
上下の青い無限……

僕はぎらりと再武装した
更にきびしい生を感じて



「突然僕にはわかったのだ」
黒田三郎

僕は待っていたのだ
その古めかしい小さないすの上で
僕は待っていたのだ
その窓の死の平和のなかで

どれほど待てばよいのか
僕はかつてたれにきいたこともなかった
どれほど待っても無駄だと
僕はかつて疑ってみたこともなかった

突然僕にはわかったのだ
そこで僕が待っていたのだということが
そこで僕が何を待っていたのかということが
何もかもいっぺんにわかってきたのだった

けしに吹くかすかな風や
煙突の上の雲や
雨のなかに消えてゆく足音や
恥多い僕の生涯や

何もかもいっぺんにわかったとき
そこにあなたがいたのだった
パリの少年のように気難しい顔をして
僕の左の肩に手を置いて



「アモール・ファティ」
黒田三郎

雨のふるしずかな夜の広間のなかで
音もなく燃え上がる憤怒
たれが悪いのか
あなたか僕か
それともみんなだろうか

かつて幾度
僕はつぶやいたことだろう
汝の運命を愛せよ!
汝 むかっ腹を立てる者よ
汝 頭から湯気を立てる者よ
汝の運命を愛せよ! と

こうして
腹が立つたんびに
邪魔っけな虻のように
憤怒を窓から外へ追い出して来たのだが
ああ
腹をたてまいがためにだけ
amor fatiとつぶやくことが
それが
僕の運命を台なしにしてしまったことを
今になって
このしずかな夜の広間で
思い浮かべねばならないとは



「逃亡者」
黒田三郎

余りしづかで美しいので
不安になりそうな
夜の町
そのどこかで
一軒の家が燃えている

火はあかく染めるだろう
窓影に立つ蒼白い少女のほほを
火はあかく染めるだろう
それは
眼に見えぬどこか遠くの夜の町

あした運転手や奥様や代言人は見るだろう
焼け落ちた家
石壁のなかの空洞
沢山の眼がじろじろそれを見るだろう
がやがや声がそれをとりまくだろう
恥辱を受けるものよ
二度と姿を見せない美しい深夜の逃亡者
「ヒゲの生えたピーター・パン」
関根 弘

 ぼくらがこうばへはたらきに行くのは、そろそろピーター・パンの冒険を忘れかける頃です。サイレンの音に目ざめるようになると、童話は、微塵にくだけちるのです。けれども、夜なか目をさましているのは詩人だけでしょうか? いいえ、労働者も目をさましています。そして労働者は詩人になるのです。なぜなら夜なか目をさましていて、ぼくはピーター・パンでない悲しみを味わいましたから……。
 ……事変が大きな戦争になりかけて、こうべに注文が殺到したために、ぼくらは試験場から機械場へ移されました。そのとき、一週間ごとに昼と夜とが狂うときがきたのです。夜勤のとき、バイトの刃向こうところが暗いので、昼でもつけている黄いろいベンチ・ライトをみつめていると、それは童話(メルヘン)のランプにかわりました。

 キミはだれ? キミはだれ?
夜がしらじらとあけはじめる時分
ぼくの身内をすっと抜けでて行くキミは?
無言でサヨナラをいい
たえがたくぼくを悲しませる君は?
だれ?

 切削油に濡れた機械に
夜明けの空が美しく映っていた朝
一本の羽が
切粉のなかに落ちていて
ウェンディ
キミのきたのをしらせていた
可愛げの失せたぼくの顔を
毎晩 眺めにきて
ひとにしれないように
そっと瞬き(ウィンク)してみせたにちがいないキミは
悪い奴!
 それからキミはこなくなり
ぼくは機械のなかの空のなかに
キミをさがしもとめて
ずいぶんきを落としたヨ

 機械より機械のなかの空を
愛していたぼく
ぼくはピーター・パンの大嫌いなヒゲが
すっかりのびたいまごのになって
いってみた
 ぼくはヒゲの生えたピーター・パンだよ
ウェンディ君さようなら!


「カラスは白い」
関根 弘
たとえば
指導者が
〈カラスは白い〉と
いったために
政府はあわてて教科書の改訂を命じた
出版会社に好況がきた
生徒は疑うに幼なすぎ
兵隊はそのときから信じた
企業家は
〈カラスは白い〉と
三べん叫んで工場を巡視した

ヨーロッパはびっくりした
科学者を動員し
〈カラスは白くない〉ことを
あらためて確認した
かれらは恐慌を喰止めた
しかしカラスは白かった
合唱は
太平洋にこだました
政府の検閲がたしかであったあいだ

破綻がきた
出版会社への用紙割当削減
新聞のタブロイド化
企業家は
〈カラスは白い〉と
なんべん叫んでも
資材のアロケーション(枠)を
削られることがわかった
非科学の敗北!
政府はカラスを黒にもどしたが
いったん白くなったカラスはもとにもどらぬ
白いカラスがとんでいるのを僕はみた
ひとは信じてくれないが
僕にかんするかぎり
いまも
しんじつ
カラスは白い!

 詩人の季村敏夫さんの個人誌「河口から」第9号に、シーレ布施の作品が掲載されていますので、ぜひご購読ください。


 まず読んだのは、昨年12月にお亡くなりになった詩人・岩成達也さんのエッセイとそれにまつわる季村さんの文章、そして鈴木創士さんの「慙服は我にありや 四方田犬彦『大泉黒石 わが故郷は世界文学』書評」、瀧克則さんの「仮面とその周辺」。
 こんなに上質な文章を読める機会はなかなかないです。文章には情熱をこめ得るのだということを思い知らされます。
 詩では、ぱくきょんみの長い人生の物語。これは、読み応えある。とてもわかりやすい言葉で平易に書かれているのに。シーレ布施の詩は日曜日に彼女の朗読で聴いていたものですが、文字で見るとまた仕草や居住いが眼底に残るように思う。淡々と劇的なのが、とてもいい。そのスタイルを受け継ぐような並びで藤本哲明の見開きは作品の時間の中で急速に速度感を増すのがいい。始まりと終わりがほぼ同じ詩行なのに、速度が全然違うように思う。季村さんの作品は、岩成さんの文章に現れている虫を移植している。そういうことがあったのだなと思う。言葉同士の響き合いが遠くて、美しい。時里二郎、言葉や概念を創れる人。それによって読む者を陶酔させる人。憧れます。


 8号まではAmazonで手に入るから、9号も並ぶんじゃないかしらん。1000円とは、お買い得ですよ。

↑ 出ていました。一時的に品切れのこともあるようですが。

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 当会としては初めての試み、朗読を中心に据えた会でした。

 第一部はシーレ布施詩集『ネオの詩』(2021)から前半の作品を、日高由貴さんのピアノ、齋藤佳津子さんの朗読で。

 お客様はおそらく現代詩になじみのある方のほうが少ないぐらいでしたし、この詩集自体が直線的なストーリーや具体的で明快な事件や感情の描写があるわけではないので、全貌を確としてつかむことは難しかったのではないかと思います。(詩集を読んでいても、読むたびに像が移り変わるのを感じます)

 

 しかし、断片的な言葉のきらめきや、「ぼく」が「ネオ」に呼びかける言葉の角度を感じ取り、それが心の中に堆積していくことを感じた30分余だったのではないでしょうか。

 しかも、言葉と声と、今回はピアノの響きが、まじりあってやってくるものですから、声質や音といった非言語的な感覚が研ぎ澄まされていく時間となったと思います。かすかに、中央に散らした草花から、ユーカリやバラの香りが立ち昇っていたかもしれません。

 

 第二部は上念、お客様から近藤太一さん、シーレ布施、齋藤さん、日高さんのオープンマイク。

 上念は詩作はしないのでかつて書いた評論の中から一段落ワンセンテンスという異状に長文なものから一部分。
 近藤太一さんは自作の詩を。平凡な言い方で恐縮ですがユーモアとペーソスにあふれた刺さる詩で、大好評。
 シーレ布施は、第一部を聞きながら書いたという新作ほやほやと、最近某誌に寄稿した詩を。ほやほやの新作のレベルの高さに、言葉を失いました。
 齋藤さんは坂村真民の作品を座右の銘のようなと言って紹介。
 日高さんにはみんなで無理を言ってアカペラでCD『虹色の小舟』収録のShenandoh、これには聴き惚れました。

 それぞれの詩作のきっかけや「少年性」についてのインタビュー、今日の全体の感想などをいただき、ご参加の皆さんに詩というものが出来上がる不思議のようなものを少しわかっていただけたように思いました。

 

 会の最中に、あ、これは貴重な時間を経験しているな、と思った瞬間がありました。何と言えばいいのでしょうか、個人の小さな体験の中でだけかもしれませんが、この場と時間は人間の歴史をつくっている、と思いました。願わくは、こういう時間と場をたくさん持ちたいものです。

現代詩を読む会(5)
①1950年代の詩「荒地」「列島」と谷川俊太郎
②杉本真維子『皆神山』を読む

詩を読む会を続けています。
5回目も、2本立てです。① 1950年代の詩、② 杉本真維子『皆神山』。
①では、戦後的抒情のはじまりあたりを考えられればと思います。前回鮎川信夫を読みましたので、田村隆一、黒田三郎、そして関根弘を読み、谷川俊太郎と対比したいと思っています。
②は、今年の萩原朔太郎賞をはじめ多くの賞を受けている詩人の最新作。
 

難解と言われがちな現代詩ですが、同じ時代を生き、同じ場所で暮らす詩人の
言葉に耳を傾け、お互いの思い感じるところをわかちあいましょう。

2023年12月10日(日)
①13:00~14:15(担当:上念)
②14:30~16:30(担当:シーレ布施)
西宮市大学交流センター 講義室3(予定)
参加費:各500円、通し800円(定員20人)
お申込み・問合せ:poetry.hanshin@gmail.com
(Zoom配信も行ないます、お問合せ下さい)

【準備していただくこと】
①特にありません。手ぶらでお越しください
②できれば同詩集(思潮社刊、2,640円)をお読みの上お越しください。
手ぶらで、傍聴的な感じのご参加も歓迎です。

【進め方】
① 参加者のご意見、感想を伺いながら進める講義形式
② 自己紹介・近況報告のあと、詩集の中から魅かれた言葉・作品について、3~
5分程度お話しいただきます(作品が重なっていてもかまいません)
2.他の参加者からもコメントをいただきます
3.全員から今日の感想をいただきながら、自由にお話ししていきましょう

【ナビゲーター】
■上念省三 神戸女学院大学などの非常勤講師。舞台芸術評論。国際演劇評論家
協会関西支部長。若い頃短期間「現代詩手帖」の編集部に勤務
■シーレ布施 大学院生。詩とキルケゴール研究。第一詩集『ネオの詩-やさしいこえ-』。日本現代詩人会2022年第6回現代詩投稿欄新人に選出。第16回「文芸思潮」現代詩賞優秀賞受賞
後援:西宮市