F1のある暮らし ~夢を実現するブログ -16ページ目

F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

1947年6月1日がロン・デニスの誕生日です。

銀行員からメカニックを経て、F2やF3に参戦するチームを同僚と立ち上げた後、
マールボロの支援を得てプロジェクト4を興し、
1980年の後半にマクラーレンとの合併を果たしました。

こうやって、現在のマクラーレンというチームの形を作った人物です。

現在でもマシンの名称に使われているMP4とは、
マールボロ(スポンサーを外れてからはマクラーレン)・プロジェクト4の略
だと言われています。

チーム運営に優れた手腕を発揮した彼は、
1981年のサンマリノGPでジョン・バーナードの手による史上初の
カーボンモノコック採用マシンMP4をデビューさせ革新をもたらしています。

以後、2008年のシーズン(正確には翌年の3月1日だそうです)まで、
マクラーレン帝国を率い、常勝チームと言われるまでに鍛え上げています。

その間、獲得したチャンピオンシップは、ドライバーズタイトル10回(ニキ・ラウダ、
アラン・プロスト、アイルトン・セナ、ミカ・ハッキネン、ルイス・ハミルトン)、
コンストラクターズタイトル7回(MP4/2、MP4/2B、MP4/4、MP4/5、MP4/5B、
MP4/6、MP4/13)を数えます。

1998年を最後にコンストラクターズタイトルを
獲得できていないのは大きな不満なのではないかと思います。

完璧主義の彼によって、現在のF1のスタンダードである、
レース毎にチームのピットの床が綺麗に塗装し直されていたり、
チームのシャツが糊のきいたパリッとしたものになったり
という変化がもたらされたと思われます。

F1を離れた後は、マクラーレン・オートモーティブでロードカーを手掛けています。


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みなさま、おはようございます。

2015年からのホンダのF1復帰が決まり、そのエンジン供給先がマクラーレン、
かつ、パッケージが、1988年に16戦15勝を達成したV6ターボという事で
にわかに盛り上がりを見せつつある日本のF1シーン。

今回もマクラーレン・ホンダの活躍でF1ブームを巻き起こして欲しいものです。

さて、その期待のマクラーレン・ホンダですが、
マクラーレンのスポーティング・ディレクターであるサム・マイケルは、
どれだけのパフォーマンスが発揮できるか予測できないと語っています。

そりゃ、そうでしょう。

彼らがメルセデスと組んで成功を収めるまでも苦労しましたもんね。

振り返ると、1992年でホンダが去り、1993年はフォードを搭載。

ベネトンで成功を収めていたエンジンという事もあり、
この年はアイルトン・セナが5勝を挙げるまずまずの活躍を魅せました。

1994年はプジョーと組み未勝利(最高位2位)、
1995年はメルセデスとの初年度で未勝利(最高位2位)、
1996年も未勝利(最高位2位)、1997年にようやく年間3勝、1998年は9勝を挙げて
遂にチャンピオンに上り詰めます。

このようにエンジンを載せ替えているとはいえ、マクラーレンほどのチームが
3年間も未勝利だったことからも立ち上げの苦労が良く分かります。

翻って、ホンダがエンジン・サプライヤーであった第2期を振り返ると、
初年度のスピリット・ホンダは未勝利でしたが、
2年目のウィリアムズ・ホンダではモナコで勝利を挙げています。

そう考えると、マクラーレンのシャシー次第では、
意外と早く結果が得られるのでは?と期待しています。
(でも、過度の期待は禁物)


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あとからタイムを見て、

ここをこうできたと考えることは可能だけど、

戦っている最中は

その時に正しいと思うことをしているんだ


レッドブル ドライバー
マーク・ウェバー

(出典:ESPNF1)




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モナコ、モンテカルロ市街地コースで史上最多6勝を挙げているアイルトン・セナ。

モナコ・マイスターとしての彼の経歴を脅かすものは現在のF1にはいません。

そんな彼のモナコ初勝利は、1987年5月31日でした。

デビュー・イヤーの1984年は、非力なトールマン・ハートを駆りながら2位、
2年目の1985年はロータス・ルノーに移籍し、ポールを獲得しながらもリタイヤ、
3年目1986年もロータス・ルノーで予選、決勝とも3位ともうちょっとで勝てません。

そして、ホンダ・エンジンを獲得し、チームメイトに中嶋悟を迎えた1987年に
ようやく予選2位から念願の初勝利を収めたのでした。

ライバルは同じくホンダ・エンジンを搭載するウィリアムズ勢。

ポールのナイジェル・マンセルは、決勝でもスタートを決め、先行します。

しかし、29周目にターボのトラブルからリタイヤを喫することになりました。

そこで、マンセルを追い詰めてに掛かっていたセナがトップに浮上。

安定したペースで78周を走り切り、
マイスター伝説の第一歩となる初勝利を挙げたのでした。
(いや、マイスター伝説はすでにトールマンの時代から始まっていましたね。)

この時に彼が駆ったロータス・ホンダ99Tは、1990年代初頭に必須の技術となる
アクティブ・サスペンションを搭載していました。

ロータス自身は、重量や、そもそも思い通りに機能させられないなど、
この時点では多くの問題を抱えていましたが、
この99Tが記念すべきアクティブ・サス搭載車初勝利にもなったのでした。


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みなさま、おはようございます。

2014年から導入される新エンジン規定、1.6リッターV6ターボエンジンに関連した
最近の動向をまとめてみたいと思います。

まず、カスタマー契約として正式発表がありましたね。

ひとつはトロ・ロッソで、フェラーリ・エンジンからルノー・エンジンへのスイッチ。

これは、かなり以前から噂に上がっていたように兄弟チームであるレッドブルと
同一エンジンにすることでマシン開発のメリットを享受しようというものです。

少なくとも、ギア・ボックスを共通化して臨むことでしょう。

もう一つはウィリアムズです。

ルノー・エンジンからメルセデス・エンジンへのスイッチが決定。

こちらはモナコの週末辺りから、急に噂が浮上したイメージですが、
あっという間に決定してしまった印象です。

ウィリアムズの場合、決定要因はパフォーマンスよりもコスト優先のようです。

ルノー・エンジンは2014年に供給されるエンジンの中では最も高額と予想され、
そのコスト高騰への対策としてメルセデスを選択したというものです。

しかし、このチームは過去10年間で
BMW → コスワース → トヨタ → コスワース → ルノー → メルセデスと
目まぐるしくエンジンを変更することになりますね。

最後に、ホンダ復活でにわかに騒がしくなっている
エンジン・サプライヤーに関する噂です。

多分に期待を込めつつ、トヨタやBMWの復活が噂されてきましたが、
(どちらも否定コメントが出ています。)
今回話題に上がったのはかつてDFVで一世を風靡したフォードです。

今回も単なる期待に基づく噂と感じますが、果たして。


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FP1とFP2で大事なのは

最速ラップじゃない。

今日何をしたかが大事なんだ


ケータハム ドライバー
ギド・ヴァン・デル・ガルデ

(出典:ESPNF1)




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2004年5月30日F1世界選手権第7戦ヨーロッパGP。

ニュルブルクリンクで開催されたレースにおいて
ホンダをドライブする佐藤琢磨が記憶に残るレースを演じました。

前日の予選で一回目はトップタイム!をマークしたものの、
最終出走となる2回目で惜しくもミハエル・シューマッハに敗れ2位となった琢磨。

それでも、日本人史上初のフロントロースタートを獲得した琢磨は
この週末確実に乗れていました。

決勝では、堅実に2番手で1コーナーを通過したものの、その後のルノー
ヤルノ・トゥルーリとのバトルの結果、マクラーレンのキミ・ライコネン、
ルノーのフェルナンド・アロンソの先行を許してしまいます。

8周目にミハエル、その後、ライコネン、アロンソがタイヤ交換に入ると、
9周目からピットに入る11周目まで琢磨がラップリードを記録します!

最初のピットの時点で、ミハエルに続く2位でレースに復帰。

しかし、3ストップ戦略の琢磨は2回目のピットインのタイミングで
3位走行の2ストップ戦略のフェラーリ、ルーベンス・バリチェロに交わされます。

ここで万事休すとはいかず、琢磨は果敢にバリチェロにアタックします。

次の1コーナーでインをついたものの、バリチェロに閉められ、
接触の結果、フロントウイングを失ってしまう琢磨。

ウイング交換を実施し、ピットを後にすると、5位でレースに復帰。

しかし、翌周の最終コーナーで、白煙を上げ無念のエンジンブロー!

自身初表彰台が見えていたレースだっただけに残念な結果でしたが、
琢磨の守りに入らず前だけを見てアタックする姿勢に惹かれたレースでした。

なお、この年のアメリカで琢磨の初表彰台は達成されたのでした。


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みなさま、おはようございます。

モンテカルロで発覚(?)したメルセデスによる
プライベートタイヤテスト問題で大騒ぎのピレリタイヤ。

シーズン中のプライベートテスト実施の議論にまで問題が波及する勢いです。

この問題に対しては、今後のウォッチが必要でしょう。

一方で、バルセロナでのデラミレーション(表層剥離)発生や、4ストップ戦略が
主流になるなどの問題を受け、タイヤ構造の見直しを進めていたピレリ。

次戦カナダから新しいコンストラクションの投入を予定していました。

しかし、ひとまず投入は見送られるようです。

理由は、すべてのチームの合意を取り付けられなかった事。

今年のタイヤについては、明らかに対応が上手くできていないチームと、
十分適応できているチームが存在します。

前者代表として考えられているのがレッドブルであり、メルセデス。

一方、後者代表はフェラーリ、ロータス、フォース・インディアといった
今季好調さを維持しているチームです。

当然、タイヤ変更に対して、前者は積極派であり、
後者は消極派...というか阻止派と言ってもいいくらい。

という事で、カナダでの変更は、満場一致で賛同を得られなかったので、
ピレリは代案を提示しているようです。

モントリオールの金曜日に新タイヤをエキストラタイヤとして各チームに提供し、
実戦投入前にテストの機会を持ってもらおうというもの。

ロータスからの”テストもしてないタイヤは使えない”という声に応えたそう。

おそらく各チームはテストをしてみて、自分たちに不利益がない場合に限り、
採用の選択をするのでしょう。

現実的に、シーズン中のタイヤ変更は難しそうな気がしますが...


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走る度に自信を得られるし、

走れば走るほど

もっとハードにプッシュできると思うようになる


トロ・ロッソ ドライバー
ジャン・エリック・ベルニュ

(出典:ESPNF1)




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1960年5月29日振り返れば「名門」と呼ばれるロータスが初勝利を挙げました。

伝統のモナコGPでの出来事でした。

ロータスは戦後間もなくしてコーリン・チャップマンの手により興された
コンストラクターです。

現在のF1シーンでも名前が残る「ロータス」ですが、現在のロータス、
および現ケータハムが名乗っていたロータスはチャップマンの興したものとは
分けて考えるのが通例です。

1958年から1994年まで参戦した名門ロータスは、その期間で79勝を挙げ、
フェラーリ、マクラーレン、ウィリアムズに次ぐ史上4位の勝利数を誇ります。

1960年シーズンにロータスが用意したマシン、
ロータス18は彼らとして初めてミッドシップにエンジンを搭載した意欲作で、
その心臓部にはクライマックス・エンジンを搭載していました。

プライベータであるロブ・ウォーカー・レーシングから参戦していた
スターリング・モスにもこの新型18シャシーが用意されました。

彼は、予てからプライべーター・チームでワークス勢を打ち負かしており、
今回もその能力を遺憾なく発揮。

モスがドライブするロータス18は、モンテカルロで
同じくクライマックスを搭載するクーパー勢を押さえ、ポール・ポジションを獲得。

決勝でも、100周、3時間近くに及ぶレースを制し、
ロータスというコンストラクターの記念すべき初勝利を挙げたのでした。

ロータスが参戦して2年後に成し遂げた快挙でした。


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