「F1 疾走するデザイン展 」にて | F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

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自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

またまた、個人ネタにおつきあい下さい。

東京オペラシティアートギャラリーで行われている「F1 疾走するデザイン展 」に行ってきました。
F1の発展するプロセスの中で、デザインが果たしてきた役割を紹介するという珍しい趣向の展覧会でした。

そこで、スカパーのTV解説でおなじみの小倉茂徳さんがマシン解説をして下さるという機会に恵まれました。

8台のマシンを2時間以上にも渡って解説して下さり大変貴重な経験をさせて頂きました。
折角なので、各マシンの解説のさわりだけでもお伝えしたいと思います。

クーパー・クライマックス T51(1959年)
 イギリスは大パワーのエンジンが無かったため、運動性の高いシャシーを武器に戦っていた。
 本マシンは、運動性を追求し、ミッドシップとして成功を収めた初めてのマシンともいえる1台。

ブラバム・レプコ BT20(1966年)
 オールズ・モービルの市販エンジンをカスタマイズしたレプコエンジンを搭載したマシン。
 非力ながら、やはり運動性を武器に戦った。

ロ-タス・フォード タイプ77(1976年)
 フォード・コスワースDFV+ヒューランド社製ギア・ボックス搭載マシン。
 グランドエフェクト時代までのつなぎのマシンながら、第1回日本GPでマリオ・アンドレッティが圧勝を遂げた。

マクラーレン・ホンダ MP4/4(1988年)
 アイルトン・セナに悲願の初タイトルをもたらしたマシン。
 ホンダV6エンジン(RA168E)の電子制御技術は1990年代に学会で発表され、多くの市販車にフィードバック。

ウィリアムズ・ルノー FW14B(1992年)
 ナイジェル・マンセルにタイトルをもたらした、電子制御全盛時代のアクティブ・サスペンションマシン。
 ストレートでは、リアウイングの抵抗を軽減するためにフロントを持ち上げ気味に制御していた。(マンセルのみ)

BARホンダ 006(2004年)
 BAR時代に散々だったチーム(組織)作りがようやく形になって現れた時代のマシン。
 アメリカGPにおいて、佐藤琢磨に日本人2人目の表彰台をもたらした。

フェラーリ F2005(2005年)
 ミシュランランナーがリタイヤしたアメリカGPのみでしか勝利できなかったマシン。
 最大の敗因は、タイヤを上手く使える設計になっていなかったこと。

ルノー R25(2005年)
 かつて110°バンクで苦労したルノーが2レース1エンジンに対応するため、72°バンクに変更し、
 広角のデメリット解消に注いでいたリソースをすべて出力に注いだエンジンを搭載したマシン。
 F2005とは対照的に、いかにミシュランタイヤを上手く使えるかを考えて作られたマシン。

もっと、深い話もいろいろ聞いたが、とりあえずここまで。
興味があれば、ぜひ、現物を見に行かれてはいかがでしょうか。


今日も一緒にF1を楽しみましょう!