2007年富士、正式決定! | F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

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自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

富士スピードウェイからのプレスリリースによれば、
遂に2007年からのF1日本GPは同サーキットでの開催が正式決定したという。
これにより、20周年の区切りをもって、
鈴鹿サーキットでの日本GPは一旦終了することとなる。
ここでは、
1987年以降の日本GPの出来事を振り返り、20年目の鈴鹿へと気持ちをつなげたい。
(さすがに、ちょっと気が早すぎるか...)
1987年:鈴鹿でのF1初開催。中嶋悟、初凱旋で6位入賞。ピケ3度目のチャンピオン獲得。
1988年:セナ、プロストを逆転で下し、初のチャンピオン獲得。
1989年:47周目シケインでプロストとセナが接触。プロストが3度目のチャンピオン獲得。
1990年:8秒でプロストとセナが接触。セナ2度目の王座獲得。亜久里が日本人初表彰台。
1991年:中嶋、母国ラストランもリタイヤ。
1992年:第二期ホンダ、鈴鹿ラストラン。ベルガーが2位を獲得。
1993年:セナ・プロスト対決の終焉へ。1位セナ、2位プロスト、3位は初となるハッキネン。
1994年:雨の中、初の2ヒート・レース。ミハエルの王座獲得に待ったをかけたヒル優勝。
1995年:連続チャンピオン獲得のミハエルがシーズン中の強さを発揮して優勝。
1996年:ヒル、ビルヌーブとのチーム内バトルを制し、悲願の父子チャンピオン獲得。
1997年:チャンピオン目前のビルヌーブに1ポイント差と迫るミハエルの優勝。
1998年:ハッキネン、優勝とともにチャンピオン獲得。
1999年:ハッキネン、2年連続で優勝とともにチャンピオンを獲得。
2000年:ミハエル優勝。これにより、フェラーリは21年振りのダブルタイトル獲得。
2001年:ハッキネンとアレジが引退レース。
2002年:佐藤琢磨、初の母国凱旋。そして、初の5位入賞ポイントゲット。
2003年:ミハエル6度目の王座獲得。スポット参戦の琢磨も6位入賞。
2004年:台風で予選が日曜午前へ。この年、アメリカで表彰台に立った琢磨が4位入賞。
2005年:ライコネン17番グリッドからの優勝。ファイナルラップでフィジケラをオーバーテイク。
2006年:鈴鹿F1開催20周年。そして、レースの行方は...
このように過去19年で
実に9回ものチャンピオン決定の場となってきた鈴鹿インターナショナルサーキット。
日本GPが開催されなくなるのは非常に残念だが、
パシフィックGP等の名称でF1が開催され続けられることを期待する。