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のぼのぼさんのおさんぽ道

日本は素晴らしい日本人の国です。仁徳天皇が"民の竈"に現されているように、皇室の御心はいつも民と共にあります。
 日本の政に関わる人たちが”民の竈”を常に意識し誇りを持って行動するこの国は万世一系で繋がる強い国、皇室と共に生きる日本人の叡智の結集の国です。

 今日1月15日『小正月(こしょうがつ)』は、元日の「大正月」に対し、1月15日頃正月行事の終わりを告げる暦です。とんど焼き(どんど焼き、左義長)は、正月に飾った門松やしめ縄などの正月飾りを燃やす伝統的な火祭り行事で、歳神様(としがみさま)を炎と煙で送り出し、無病息災や家内安全、五穀豊穣などを祈願するお焚き上げ行事です。また、忙しかった女性をねぎらう「女正月(おんなしょうがつ)」とも呼ばれ、1年の健康と豊作を願う大切な節目です。 



 また、かつて小正月の1月15日を成人の日とし小正月に『元服の儀(男子の成人儀式)』が行われていたことに由来します。成人の日は、昭和24年に制定されましたが、「ハッピーマンデー制度」導入により1月の第2月曜日に変更されました。ハッピーマンデー法制定は、公明党が野党だった平成10年10月、同年7月の参院選勝利を弾みに、まず「成人の日」と「体育の日(現スポーツの日)」の月曜化を実現しました。

 


 ハッピーマンデー制度の導入は、「成人の日」や「海の日」など、本来の祝祭日が持つ本来の意義を消し、単なる3連休の一部にして、日本の伝統文化や慣習を消し去ろうとする考え方に基づくものです。ハッピーマンデー制度は、祝日の意味合いの変質だけでなく、観光地の混雑激化と経済効果の偏りや、行政サービスへの影響も大きく、また、企業活動とのミスマッチなど国民生活や企業活動、行政サービスへの負の影響があり、廃止すべきと考えます。



 日本における最初の肖像紙幣に描かれた女性は『神功皇后(じんぐうこうごう)』です。日本最初の公式国史書の『日本書紀』や『古事記』に記述されている神功皇后は、日本の第14代天皇・仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)の皇后で、仲哀天皇崩御から息子の応神天皇(おうじんてんのう)即位までの約70年間統治した初めての『摂政』として、『熊襲征伐』『三韓征伐(さんかんせいばつ)』を実施すした、美人で極めて勇猛果敢な日本女性として知られています。 

「神功皇后」『慶応頃錦絵帖』一猛斎芳虎 作

 仲哀天皇崩御のあと、神功皇后(じんぐうこうごう)が再び神意を占われたところ、まず「汝命(皇后)の御腹に坐す御子」が将来天皇になられるであろうことを予言され、今こそ神威を奉じて新羅に遠征すべきことを勧告する神託があったといい、その教えどおり、軍船を率いて出兵した勇ましい神功皇后に恐れをなした新羅国王は「吾聞く、東に神国あり、日本といふ。また聖王あり、天皇といふ。必ずその国の神兵ならん。あに兵を挙げて距ぐべけんや」と言い、「素旆」(白旗)を挙げて降伏してきました。
 そこで、ほとんど戦うことなく凱旋された皇后は、筑紫の宇瀰(福岡県宇美町)において皇子(応神天皇)を無事出産することができました。この三韓征伐物語の骨子は古伝に基づいていて、高句麗の「好太王」碑文にも刻まれています。これによれば、4世紀末前後に日本人が何度も海を渡り、百済や新羅を服属させていたことが裏付けられます。

碑文内容「倭、辛卯年(391年)に来りて海を渡り、百残(百済)□□新羅を破りて臣民と為す。……九年己亥(399年)、百残、誓に違ひ、倭と和通す。……新羅、使を遣して王(好太王)に白ひて云はく、倭人、その国境に満ち、城池を潰破し、奴客を以って民と為せり……と。……十四年甲辰(404年)、倭、不軌にして帯方(半島の中西部)の界に侵入す。……」

歌川国芳画「神功皇后」

 神功皇后はやがて住吉三神とともに住吉大神の1柱として、また応神天皇とともに八幡三神の1柱として信仰されるようになり、数多くの武人が神功皇后を崇拝し、言い伝えは九州はもとより関東から近畿の大津や京都や奈良や大阪の住吉大社、瀬戸内海を挟んで広島や岡山、四国と、日本中に数多く存在します。
 全国に約40,000社ある八幡宮の総本宮の大分県宇佐市の宇佐神宮、全国に約2,300社ある住吉神社の総本社の大阪府大阪市の住吉大社、京都市伏見区の御香宮神社や所縁ある福岡市の香椎宮や筥崎宮、福岡県宇美町の宇美八幡宮など全国の八幡宮、住吉神社でご祭神として祀られていて、人々に古くから親しまれてきました。 中でも宇佐神宮は皇室から伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟として崇敬されています。

歌川国貞画「御誂座敷幟ノ内 神功皇后と武内大臣」 
 日本書紀や古事記に記述されている歴代天皇や皇室にまつわるエピソードや史実は、日本の国柄を表す特徴的なものであり、日本精神や日本人らしさを表意する大変貴重な資料であり、日本人の誇りです。


 今日は成人式の祝日でした。平成12年(2000年)以降「ハッピーマンデー制度」により1月の第2月曜日に移動し、多くの自治体で20歳を祝う行事として開催されていますが、名称や対象年齢は多様化しています。 
 さて、今日は父のお墓の『閉眼供養(へいがんくよう)』でした。「閉眼供養」とは、墓石に宿る魂を抜く「魂抜き」「抜魂(ばつこん)」とも呼ばれ、僧侶をお招きし読経いただいたので喪服が基本なのですが、身内だけで平服で参列させていただきました。
 

 大阪府下に新しいお墓を用意しており、桜の咲く頃の春にそちらで開眼供養(かいげんくよう)し、両親の納骨をしてお墓のお引越しが完了します。


 父の故郷は瀬戸内の漁師町で、祖父は漁師でした。子供の頃 夏休みにはよく遊びに来て、海水浴をしたり、漁師の仕事の邪魔をしたりしていました。


 お昼ご飯に立ち寄った『道の駅みつ』では、牡蠣、穴子、タコといった瀬戸内の海産物や醤油、野菜、お米などたくさんの特産品が売られていました。お刺身の時に使っている、たまり醤油がなかなか手に入らないのでここで買って帰りました。昼ご飯に、とっても美味しい穴子丼をいただき大満足です。ごちそうさまでした。