のぼのぼさんのおさんぽ道 -10ページ目

のぼのぼさんのおさんぽ道

日本は素晴らしい日本人の国です。仁徳天皇が"民の竈"に現されているように、皇室の御心はいつも民と共にあります。
 日本の政に関わる人たちが”民の竈”を常に意識し誇りを持って行動するこの国は万世一系で繋がる強い国、皇室と共に生きる日本人の叡智の結集の国です。

 🇯🇵国防会臺灣慰霊顕彰研修旅行3日目です。


 ホテルを出て、台南市の『鎮安堂飛虎将軍廟』で

泉州磐船神社 航空神社の 佐藤宮司に依る神式の慰霊顕彰祭事を挙行し、ツアー参加者全員が参列しました。「飛虎」は戦闘機を意味し、「将軍」は杉浦茂峰少尉への尊称です。



 台南市安南区にあるこの寺院は、飛虎将軍廟(正式名称は、鎮安堂飛虎将軍廟)で、大東亜戦争の日本軍人杉浦茂峰少尉が神として祀られていて、台湾でも珍しい寺院です。日本兵を祀る寺院としても珍しい存在です。


 去年の暮れに 水戸市予科練記念館を訪れました。杉浦茂峰少尉は、茨城県水戸市出身で、志願兵として乙種飛行予科練に入隊し、訓練後、台湾防衛の任につき、1944年10月12日に零戦三二型で米軍機F6Fと交戦し、撃墜され、海尾の集落を避けて、畑の中に落ちて英霊となられました。


 

 大東亜戦争後、海尾寮集落において、白い帽子と服を着た日本の若い海軍士官が枕元に立っているという夢を見たという者が数名あり、その後、集落の有志が集まり、その海軍士官が部落を戦火から救うために、自分の生命を犠牲に集落を守った恩人として、昭和46年に杉浦茂峰氏を祀るために祠を建設しました。

 平成5年には、台南市海尾朝皇宮管理委員会において廟に建て直され、現在も地元の守り神として地元住民により手厚く祀られ、廟は台湾と日本の文化交流の架け橋となり、多くの旅行者が訪れています。




 ここにも日本の教科書では教えない大切な歴史があります。



🇯🇵国防会臺灣慰霊顕彰研修旅行2日目です。 

 ホテルをチェックアウトして、台湾の靖国神社と言われる新竹市『南天山済化宮』で、泉州磐船神社 航空神社の 佐藤宮司に依る神式の慰霊顕彰祭事を挙行し、ツアー参加者全員が参列しました。

 





 南天山済化宮は「台湾の靖国神社」と呼ばれ、台湾出身日本軍人軍属の戦没者約4万柱をお祀りされている観音廟です。




 昼食の後、台湾高速鉄道の苗栗駅へ向かい、日本の新幹線技術が導入され、日本の700系車両が台湾仕様で活躍している新幹線で、嘉義駅へ向かいました。最高速度は時速300kmです。










 

 台湾で最も尊敬される日本のひとりである土木技師八田與一氏によって設計され、大正時代に着工され、当時台湾を統治していた日本政府が総事業費の半分を拠出し、台湾人の協力を得て、昭和5年に完成した台湾最大の灌漑用ダムの烏山頭水庫(烏山頭ダム)に行きました。海抜468mの烏山嶺に位置し、水力発電設備を有しています。上空からは緑色の珊瑚のように見えるため、ダム湖は珊瑚湖と称されています。


 曽文河の支流である官田河から水を堰き止め、烏山嶺トンネルを通って導水することで、嘉南灌漑システムの生命線となり、嘉南平原の灌漑に利用し、世界でも珍しい「半水力式洗掘沈泥式岩盤ダム」と「蛇腹型越流管」などの独自の構造を備えている当時東アジア最大級の水利事業の一つで、セミ・ハイドロリック・フィル工法という特殊な技術が使われ、現在も稼働し続ける世界的な土木遺産です。 
 

 このダムの完成により、台湾最大の穀倉地帯「嘉南平原」を肥沃な農地に変え、台湾の農業と経済を飛躍的に発展させました。灌漑システムにより不毛の地が米やサトウキビの一大生産地となり、現在も水道・工業用水を供給し、景勝地として観光客にも親しまれています。 八田與一記念公園や桜、遊覧船などが楽しめます。日本の教科書では教えない台湾で活躍し、今も尊敬されている日本人の歴史です。


 僕たち日本人は、大東亜戦争前の日本の歴史は悪というGHQ占領政策に基づく自虐史観や左翼共産主義者などによるの国史の隠匿や捏造プロパガンダに騙されないように、踊らされないようにしないといけません。日本の教科書が教えない大切なことを学ぶ旅です。
 🇯🇵国防会臺灣慰霊顕彰研修旅行スタートです。台湾のナショナルエアラインのチャイナエアラインで台湾桃園国際空港へ入りました。


 この便は、日本航空との共同運航便です。客室乗務員は全員台湾人ですが、非常に日本航空的な気遣いのある振る舞いをされていてとても感じが良かったです。


 機材はボーイング777-300ER、満席でした。前後間隔にやや余裕のある エコノミークラスで、全席足元にコンセントが装備されています。気流の乱れもなく3時間で時間通りに台北に着きました。


 現地移動はメルセデスベンツ製の2階建てバスです。外装の派手さはなく落ち着いた感じのバスで大変気に入りました。USBコンセントあります。




 空港から台湾桃園神社に移動し、拝殿参拝しました。昭和6年日本政府は「一町一社」と称して、台湾全土で神社建設を促進しました。その結果、日本時代に建てられた大小の神社は200前後に達したといいます。戦後、その多くは破壊あるいは改築されましたが、桃園神社は桃園区近郊の虎頭山麓に位置し、昭和13年創建で、ほぼ完全な形で当時の建物が残されています。天照皇大神(アマテラスオオミカミ)・豊受大神(トヨウケビメ)・大国主命(オオクニヌシノミコト)が祀られています。設計者は春田直信と伝えられます。


 桃園神社の現存する建物は本殿・拝殿・社務所・手水舍で、これらの建築は勇壮で、屋根は入母屋式・切妻・唐破風を組みあせた懐かしい古き善き日本建築として保存されています。建築にはヒノキ・スギの原木がつかわれ、無駄な装飾を排した木組みの美しさは台湾の廟宇建築にはみられないもので、歴史文化的に価値が高いそうです。たくさんの地元の方が参拝に訪れていました。
 桃園神社の鳥居は明神鳥居ですが、現地ガイドさんによれば鳥居の上の部分は蒋介石により壊されたそうでいびつな形になっています。


 手水舎です。




 到着した時間が遅かったので 本殿は閉門していて拝見できませんでしたが拝殿で参拝をさせていただき、御朱印をいただきました。この奥が本殿ですが閉門されていて残念ながら拝見できませんでした。


 神馬の像、可愛らしい目をしているのが印象的でした。




 風林飾りが美しく可愛らしく良き風情を醸していました。日本の伝統文化を強く感じる台湾です。日本との時差はマイナス1時間です。台湾本島を南へ下りながら慰霊顕彰の旅が続きます。