私の優秀な友人たちは、多忙なのが宿命。子どもを育てながら社会に大いに貢献し、ビジネスの時間もクラウドコンピューティングの恩恵を上手に利用しながら移動中にも物事を発信したり、仕事の整理をしたり。そしてひとたび家庭に戻ればよき家庭人としてキッチンに立ったり、子どもと遊んだり。さらには子どもの学校でPTAの要職に付いたり、地域で子どものために役に立つ活動をしている人もたくさんいらっしゃいます。本当に優秀な人材は、男女に関わらず時間を最大限有効に使う。そのためにワークライフバランスを考える、というのはもはや子どものいる社会人たるものの常識であります。
ところで私は、そういうところが実に「なってない」旧人類。電車に乗ってもせいぜい朝刊を読むくらい。あとは車窓から見える景色をながめてすごす、という、誠に効率の悪いタイプです。
なので、私のワークライフバランスはとても単純。
1.ご飯を作って、子どもと一緒にそれを食べる。平凡ながら、誠にハッピー。
2.ご飯を作る時間がなければ、ご飯を買ってきて、子どもと一緒に食べる。たまには、ね。
3.ご飯を作っておいて、子どもに食べさせる。
子どもが喜ぶかどうかは時の運。こどもにしてみれば買ってきたお弁当のほうがいいような場合もあるのでしょうが、親としては自分が作ったものを食べさせると何故か安心するものなのです。
4.ご飯を買ってきて、子どもに食べさせる。あまりありませんが、2日続くといやになってきます。
5.子どもにご飯を調達させる。作るか買うか。親が思うほど子どもはイヤじゃないんですよね。自己裁量の部分がいっぱいあって。でも、親としては一応、最終手段でしょうか。
結局食べるもののことばっかりじゃん、ですって?そのとおり!!ホント、私にワークライフバランスなんて、まさに「豚に真珠」ってところなのですね。書いていて赤面してしまいました。
2012年になりました。今年もどうぞよろしくお願い申しあげます。
旧年中は5月に会社を設立するも、まだまだよちよち歩きの私が何かしら大げさに吹聴するのが気恥ずかしく、あまりあらたまった挨拶も出来ないままに英語ソムリエ育成の事業がスタートいたしました。
秋季には第一期生が無事修了をむかえ、英語読み聞かせの広がりに心強い仲間を得ることが出来ました。
英語で絵本の読み聞かせをすることは、英語で自分の心を伝えること。
これに賛同してくれる学生ともすこしずつですがご縁を得て、ようやく、後々まで記憶に残るであろう大波乱の年2011年を終えることが出来ました。
どこにでもある安物の英会話ではない、本物の英語コミュニュケーションのお手伝い。
私にはそれしか出来ませんが。それだけを頑張って参ります。
2012 年新春
横溝 美由紀
旧年中は5月に会社を設立するも、まだまだよちよち歩きの私が何かしら大げさに吹聴するのが気恥ずかしく、あまりあらたまった挨拶も出来ないままに英語ソムリエ育成の事業がスタートいたしました。
秋季には第一期生が無事修了をむかえ、英語読み聞かせの広がりに心強い仲間を得ることが出来ました。
英語で絵本の読み聞かせをすることは、英語で自分の心を伝えること。
これに賛同してくれる学生ともすこしずつですがご縁を得て、ようやく、後々まで記憶に残るであろう大波乱の年2011年を終えることが出来ました。
どこにでもある安物の英会話ではない、本物の英語コミュニュケーションのお手伝い。
私にはそれしか出来ませんが。それだけを頑張って参ります。
2012 年新春
横溝 美由紀
子どもへのクリスマスプレゼント。
サンタからの贈り物に見えるように細心の注意を払って、というパパママのお話しを今年もたくさん耳にしました。
ところで我が家では、明らかにサンタからのプレゼントと見せたクリスマスプレゼントは、5歳でおしまい。次の年からの数年間は、当日まで隠しておくためだけにプレゼントを車に積みっぱなしにしておいたりはしましたが、それはサンタクロースからのプレゼントだからではなく、25日の朝に渡すためだけのことでした。
なぜか?実は5歳の時に、当時家族ぐるみで仲良くしていたお兄ちゃん(当時7歳)が、サンタクロースは居ないと悟って、うちの子どもにもそれを教えてくれたからです。日本でおばあちゃんがクリスマスに枕元に置いてくれたプレゼント。それはポチ袋に入ったお年玉。これはサンタクロースがくれたわけではないに決まっている、と、慧眼な彼は意気揚々。無垢な弟と、弟同然のうちの子どもにも自信を持ってそのことを教えてくれました。
なかなか素敵ないきさつだったと思います。お兄ちゃんのママはごめんね、と恐縮してくれましたが・・・私はうれしかったです。私も小学生になった頃には「カガクテキに、サンタは居ない。」などとぬかすクールなガキだったものですから。
しかし敵もさるもの。そのことがあってもうちの子どもは半信半疑、というスタンスを使い分け、パパとママからのクリスマスプレゼントに加え、サンタクロースからのプレゼントをその後2年もせしめたのでした。つい最近子どもが言ったことで分かったのですが・・・
年に一度のクリスマスくらい、子どもの心に宿るファンタジーに思いっきり付き合うのは良いことかもしれません。ただ、サンタはいるよ、というようなささやかなファンタジーに大人があまり真剣に付き合いすぎて「完璧なシチュエーションで、子どもが望む完璧なクリスマスプレゼントを。」とがんばるのも、私はどうかと思います。特に、完璧主義のお父さんが力を入れてしまうと、ファンタジーが突き抜けて妄想の世界にまで突入しがちなもの。子どもの心を守るのは、大人の大切な役割ですが、それには「現実に向き合う強い心が育つのを見守る」という一番大事なものがあることを忘れないでいただきたいと私は思います。
サンタからの贈り物に見えるように細心の注意を払って、というパパママのお話しを今年もたくさん耳にしました。
ところで我が家では、明らかにサンタからのプレゼントと見せたクリスマスプレゼントは、5歳でおしまい。次の年からの数年間は、当日まで隠しておくためだけにプレゼントを車に積みっぱなしにしておいたりはしましたが、それはサンタクロースからのプレゼントだからではなく、25日の朝に渡すためだけのことでした。
なぜか?実は5歳の時に、当時家族ぐるみで仲良くしていたお兄ちゃん(当時7歳)が、サンタクロースは居ないと悟って、うちの子どもにもそれを教えてくれたからです。日本でおばあちゃんがクリスマスに枕元に置いてくれたプレゼント。それはポチ袋に入ったお年玉。これはサンタクロースがくれたわけではないに決まっている、と、慧眼な彼は意気揚々。無垢な弟と、弟同然のうちの子どもにも自信を持ってそのことを教えてくれました。
なかなか素敵ないきさつだったと思います。お兄ちゃんのママはごめんね、と恐縮してくれましたが・・・私はうれしかったです。私も小学生になった頃には「カガクテキに、サンタは居ない。」などとぬかすクールなガキだったものですから。
しかし敵もさるもの。そのことがあってもうちの子どもは半信半疑、というスタンスを使い分け、パパとママからのクリスマスプレゼントに加え、サンタクロースからのプレゼントをその後2年もせしめたのでした。つい最近子どもが言ったことで分かったのですが・・・
年に一度のクリスマスくらい、子どもの心に宿るファンタジーに思いっきり付き合うのは良いことかもしれません。ただ、サンタはいるよ、というようなささやかなファンタジーに大人があまり真剣に付き合いすぎて「完璧なシチュエーションで、子どもが望む完璧なクリスマスプレゼントを。」とがんばるのも、私はどうかと思います。特に、完璧主義のお父さんが力を入れてしまうと、ファンタジーが突き抜けて妄想の世界にまで突入しがちなもの。子どもの心を守るのは、大人の大切な役割ですが、それには「現実に向き合う強い心が育つのを見守る」という一番大事なものがあることを忘れないでいただきたいと私は思います。