小柄でなで肩な私は、カバンはなるべく軽くしておきたいタイプ。元気な朝のうちはともかく、ショルダーバッグを肩にかけると滑り落ちやすいので、夕方や夜になって疲れてくると、それだけでもちょっとしたストレスになってしまうからです。
だけど私が絶対に常時持ち歩いているもの。英語絵本です。
出かける前に、今日どのような人とお会いするだろうか、と頭をめぐらせながら、その日の気分にあった英語絵本を一冊カバンに忍ばせること。すっかり習慣になりました。
英語で絵本を読むこと。どれほど私が口をきわめて「面白い」と言っても、それでは人にはなかなか伝わらないもの。実際に見ていただくのが一番です。しかも、本当の楽しさはやはりライブ。ですから、せっかくお会いできた機会には英語読み聞かせがすぐに始まってしまうこともあるのです。
いわば営業のお仕事の方が、自社製品を持ち歩いているようなものでしょうか。
その代り、やはり実際の英語読み聞かせを生で見ていただきたく、ユーチューブなどへの配信はしていません。子どもさんやその場にいる人の反応を頂きながら進めていくのが私の英語読み聞かせのスタイル。私が一人で読み聞かせをやっているところを映像にしても、本当の面白さは伝わらないと思うからです。
お会い出来る機会に恵まれましたら、その時私が持っているのはどんな英語のお話しなのか、ぜひお訊き下さい。
心まで伝わる英語、今日も楽しい英語絵本と一緒にお届けしています。o(^▽^)o
私が英語講師だということはご存じの方でも、私が英語を話しているところを見たことが無い方もいらっしゃるので、ちょっとしたリマインドです。
ちなみに今日の一冊は・・・(*^▽^*)
日本でベストセラーシリーズの、「もったいないばあさん」。
作者の真珠まりこさんは、日本生まれの日本人ですが、ニューヨークのアートスクールで絵本製作の勉強をなさった経歴の持ち主。処女作はアメリカで出版されています。アメリカデビューのほうが先、という異色の経歴。
といったら、どれほどバイタリティあふれる女性なのかしら?そういえば、今や世界の言葉になった「MOTTAINAI!」。もったいない精神をいつも忘れずにいるもったいないばあさんも、それはそれはエナジェティック(エネルギッシュ)な女性だもんね!
と思ったアナタ。実は。
私も実はお会いしたのは一度しかないのですが、真珠まりこさんってとっても素敵о(ж>▽<)y ☆
居るだけでぱっと周りが華やぐような、女性的でいてそれはそれは素敵なたたずまいの可愛らしい方。
もったいないばあさんも、日本の正統派のおばあちゃんのようでいて、実はとても冒険心を忘れないスケールの大きな「ご老人」。新しいことに飛びつくわけでは無く、古くからの「精神/spirit」を大切に生きているキャラクターですね。
顔だとかなんとかは似ていないけど、きっともったいないばあさんと作者の真珠まりこさんのお二人、共通するものがあるのでしょうね。
みんなで、
Say,
MOTTAINAI!!
作者の真珠まりこさんは、日本生まれの日本人ですが、ニューヨークのアートスクールで絵本製作の勉強をなさった経歴の持ち主。処女作はアメリカで出版されています。アメリカデビューのほうが先、という異色の経歴。
といったら、どれほどバイタリティあふれる女性なのかしら?そういえば、今や世界の言葉になった「MOTTAINAI!」。もったいない精神をいつも忘れずにいるもったいないばあさんも、それはそれはエナジェティック(エネルギッシュ)な女性だもんね!
と思ったアナタ。実は。
私も実はお会いしたのは一度しかないのですが、真珠まりこさんってとっても素敵о(ж>▽<)y ☆
居るだけでぱっと周りが華やぐような、女性的でいてそれはそれは素敵なたたずまいの可愛らしい方。
もったいないばあさんも、日本の正統派のおばあちゃんのようでいて、実はとても冒険心を忘れないスケールの大きな「ご老人」。新しいことに飛びつくわけでは無く、古くからの「精神/spirit」を大切に生きているキャラクターですね。
顔だとかなんとかは似ていないけど、きっともったいないばあさんと作者の真珠まりこさんのお二人、共通するものがあるのでしょうね。
みんなで、
Say,
MOTTAINAI!!
前のブログで紹介したAllen Sayさんの作品からもうひとつだけ。
ご自分のお母さんのことをお描きになった
TEA with MILK
By Allen Say
ISBN 978-0-547-23747-3
生まれてこのかた日本に住んだことがなかったのに、高校を卒業する年齢になってはじめて両親に連れられて日本に住むことになったアメリカ育ちの日本人女性のお話しです。
日本人女性の外国との関わりは、明治渡欧使節団に始まり、津田塾を創設した津田梅子、鹿鳴館の華とうたわれた山川捨松というめざましい人材を輩出したことはよく知られています。ただし帰国した彼女たちを待ち受けていたのは、「新しい知識を身に着けた最先端のエリート」としての処遇ではありませんでした。好奇の目や偏見に打ち勝ち、自分のあるべき姿を獲得していったのです。もちろんすべての人がそれが出来たわけではありません。
それから幾星霜。日本人同士の家庭でカリフォルニアで子育てを終えつつあったという筆者の祖父母が日本への帰国を決意したのは、望郷の思いのためばかりではなく、その後悪夢の第二次世界大戦を迎える予兆もあったのかもしれません。とにかく決断は下され、筆者の母マサコさんは日本で生活することに。その「親ですら理解できない」深い孤独は、シンプルな語り口の中からでもいやおうなくあぶりだされてきます。
戻ってきた日本の家の「格」に合わせて生け花や茶の湯を叩き込まれる姿は、胸を打ちます。考えてもみてください。あなたが明日から自分が良く知らない国に連れて行かれて「民族衣装」を着てその所作を学び、その国の教養人なら知っているに違いないことを一から叩き込まれるとしたら。周囲の目は、あなたが「外国人」であれば暖かく見守るものでもありえましょうが、「同国人」であればこそ、その「至らなさ」をあげつらわれるのです。
「ガイジン」と呼ばれ、頼みの英語教師からも疎まれる彼女の姿は心を刺すものです。
彼女がその後、自分で自分の人生を切り開いていく姿もこの本の感動することろ。自分がどうありたいか。そのために、たとえ一センチでもゲインがあるのなら、あるいはあるかどうかは分からなくてもとにかく今の状況を変えるために。きっぱりと行動する強さはアメリカ人らしいところです。
こういうと、その後ある大阪のデパートで「着物を着て英語で流暢な説明の出来る、(若く美しい)海外顧客担当アンバサダー」となった彼女のことを
「和魂洋才」
という表現をする方も出てきそうですが、
この方のような場合、それは「和魂」や「洋才」と簡単に片づけられるものではありません。「和魂」でもあり、かつ「洋魂」でもある。そして「洋才」のみならず「和才」の裏打ちがある。それが「バイカルチュラル」であるということなのです。
どちらかを好むあまりに片方を顧みない「国際派」では、人の心を打つことは出来ません。浅薄な「外国好き」でも「外国嫌い」でもない日本人であり続けるためには、このような人の声に傾ける耳は必要です。
とにかく素敵な本。ぜひご覧になってみてください。
ご自分のお母さんのことをお描きになった
TEA with MILK
By Allen Say
ISBN 978-0-547-23747-3
生まれてこのかた日本に住んだことがなかったのに、高校を卒業する年齢になってはじめて両親に連れられて日本に住むことになったアメリカ育ちの日本人女性のお話しです。
日本人女性の外国との関わりは、明治渡欧使節団に始まり、津田塾を創設した津田梅子、鹿鳴館の華とうたわれた山川捨松というめざましい人材を輩出したことはよく知られています。ただし帰国した彼女たちを待ち受けていたのは、「新しい知識を身に着けた最先端のエリート」としての処遇ではありませんでした。好奇の目や偏見に打ち勝ち、自分のあるべき姿を獲得していったのです。もちろんすべての人がそれが出来たわけではありません。
それから幾星霜。日本人同士の家庭でカリフォルニアで子育てを終えつつあったという筆者の祖父母が日本への帰国を決意したのは、望郷の思いのためばかりではなく、その後悪夢の第二次世界大戦を迎える予兆もあったのかもしれません。とにかく決断は下され、筆者の母マサコさんは日本で生活することに。その「親ですら理解できない」深い孤独は、シンプルな語り口の中からでもいやおうなくあぶりだされてきます。
戻ってきた日本の家の「格」に合わせて生け花や茶の湯を叩き込まれる姿は、胸を打ちます。考えてもみてください。あなたが明日から自分が良く知らない国に連れて行かれて「民族衣装」を着てその所作を学び、その国の教養人なら知っているに違いないことを一から叩き込まれるとしたら。周囲の目は、あなたが「外国人」であれば暖かく見守るものでもありえましょうが、「同国人」であればこそ、その「至らなさ」をあげつらわれるのです。
「ガイジン」と呼ばれ、頼みの英語教師からも疎まれる彼女の姿は心を刺すものです。
彼女がその後、自分で自分の人生を切り開いていく姿もこの本の感動することろ。自分がどうありたいか。そのために、たとえ一センチでもゲインがあるのなら、あるいはあるかどうかは分からなくてもとにかく今の状況を変えるために。きっぱりと行動する強さはアメリカ人らしいところです。
こういうと、その後ある大阪のデパートで「着物を着て英語で流暢な説明の出来る、(若く美しい)海外顧客担当アンバサダー」となった彼女のことを
「和魂洋才」
という表現をする方も出てきそうですが、
この方のような場合、それは「和魂」や「洋才」と簡単に片づけられるものではありません。「和魂」でもあり、かつ「洋魂」でもある。そして「洋才」のみならず「和才」の裏打ちがある。それが「バイカルチュラル」であるということなのです。
どちらかを好むあまりに片方を顧みない「国際派」では、人の心を打つことは出来ません。浅薄な「外国好き」でも「外国嫌い」でもない日本人であり続けるためには、このような人の声に傾ける耳は必要です。
とにかく素敵な本。ぜひご覧になってみてください。