英語よみきかせの講師育成。英語で世界の絵本を紹介するDJ!Ms.Miyuki -189ページ目

英語よみきかせの講師育成。英語で世界の絵本を紹介するDJ!Ms.Miyuki

心まで伝わる英語絵本の読み聞かせで、本物の英語力を育てます@神保町+オンライン講座。子ども英語講師の指導力と英語力を上げる・英語絵本コノサー講座のトレーナーMs.Miyukiのブログです。英語で子どもと笑おう。楽しく世界の絵本を英語でご紹介!!

 
いつも英語読み聞かせを通じて「心まで伝わる」英語を教えている私Ms.Miyukiが、英語でのよみきかせが大好きなワケ。

もちろんいろいろありますが。

ひとつには、読み手の「素」の部分、本当のその方の個性が英語読み聞かせではくっきりと表れるように思われるところです。

日本語での読み聞かせなら、初めて渡された本であっても、なんとかみんなの前で読了することが出来るでしょう。

読むことに集中するあまり子どもの反応が目に入らないほどの緊張も、どんなあがり症の人でも何度も続くことはありません。

でも、英語で日本人の子どもさんに読み聞かせをするときは違います。

だれでも多少とも緊張しますし、私たちの修了生もはじめは緊張のあまり、子どもさんの反応がどうだったか目に入りませんでした、とよく言います。

子どもの反応も、ある程度予想がつくし、突発的なことがあってもなんとかなるのが日本語での読み聞かせ。

でも、英語への子どもたちの反応は、その時によって様々。時には耳慣れない言葉への緊張感から、大声でひきつった笑いをするお子さんがいらっしゃることも。もちろん反対に、知っている英語を子どものほうからたくさんお話ししてくれることも。

日本語での読み聞かせなら、せっかくのオモシロ話なら間にときどきギャグをかませながら、なんてアレンジ進行も出来るわけですが、英語では出来るだけシンプルに、かといって読みあげるだけですませない、繊細な進行が求められます。

やっぱりね。人間、手抜きが通じない100パーセント全力のときには、その人の持っている「本当の個性」が出てくるように感じられます。

同じ絵本でも、読み手によって、そして聴き手によって本当に違う。

これはまさに一期一会の時間なのだと思います。

だからこそ、楽しい。やめられない。

修了生と一緒の英語よみきかせライブは、毎回その方の個性が花開くのを見せてもらえる、私にとってもワクワクするような時間なのです。
英語ソムリエ講座、9月15日(土)からはじまります!!

これは、子どもと楽しく過ごすための英語講座。日常子どもと過ごすためのナチュラルな英語表現と、心の栄養「英語よみきかせ」のための発音レッスンなどを行います。

想定しているのは英語中上級の大人の方。具体的には、こども英会話の講師の方などを対象としています。子育て中のパパママでも、英語を仕事上お使いになるような方ならピッタリのレベル。子どもと過ごすための快適英語を教えます。

英語で子育て、というと最近は本屋さんでもたくさんのテキストが売られていますね。

でも、テキストさえあれば大丈夫?

子育て英語のテキストの中には、「結局注意するお小言の表現ばっかり(_ _。) 。子どもはうんざりするのでは?」と、ちょっと心配させられるものも。

あるいは、これぞアメリカンというような「褒めて褒めてほめて育てる子育てのための英語表現」ばかりでも、普通の日本人の親御さんならちょっと使い時を考えてしまうかもσ(^_^;) 私たちが育てたいのは日本人が思う陽気なアメリカ人♪ではなく英語を通してグローバルマインドが育った日本人のはずですし。

子ども同士ではなく、大人として子どもに接するときに知っておきたい英語表現ってあります。

それは子どもの目線を意識しつつも、親や教師として「一緒に遊ぶ」だけではなくきちんと相手を良い方向に導くということが大切なため。

こども英会話教室というと「楽しい!たのしい!!超たのしい!!!」という側面ばかりが強調されますが、単なるバカ騒ぎではなく節度のある楽しみ方を提案するのも教師や保護者の役割には含まれます。

楽しいだけで終わらない、子どもと一緒に自分が育つための大人の英語講座。

それが、英語ソムリエ講座です。

英語ソムリエ講座 2012年秋期 9月15日(土) 神保町にて 開講
詳細はホームページをご覧ください。



長崎の原爆忌に寄せて。

最近東北の復興について思うこと。

進まないのです。もどかしいのです。

当事者は毎日の生活の中で出来ることをがんばっています。

疲れたらどうぞ、ひと休みしてください。

私たちがその間手助けできるものなら出来る限り力を貸します。

でも。

その場に住んでいない人が復興の道のりの遠さにいらだっていらっしゃるのを見ると悲しくなります。

あれほどの被害の痛みを乗り越えるのには、時間も必要です。

私たちにとっては「進まない復興」時が止まったように感じる遅い歩みでも、それは新しい一歩を踏み出すまでに必要な「治療期間」なのかもしれません。

その場に住む人にとって、復興は一朝一夕ではなくきっと終わりが無いほどのもの。熱い魂には拍手を惜しみませんが、当事者でない人の気負いが、私にはやけどをするほど熱く感じられることがあります。

静かに祈り、来し方行く末を思う時間をみだす、あわただしい復興とならないように。

被害から何十年の時を経て、いつも恐ろしい謹厳な先生がその時には涙を流してお話になる、その平和教育を受けた私の、終わらない夏、です。