
まだうっかりすると夏休みののんびりモードに戻ってしまいそうなので、気分を変えるためにも振り返りを。
夏休みに、長山靖生の新書をいくつか読みました。(以前から持っているものも含めて。)
この長山さん、もともとSFに造詣の深い方のようなのですが、歯科医師にして評論家・文筆家。ご自分の子育てを通して日本の子育てや教育の在り方を考える新書や、現代をさかのぼって明治大正時代から日本を読み解く日露戦争の時代を考える著書など、その考察は多岐に渡ります。
子どもを育てる親としての自省から「論語」を読もうとおっしゃるその姿は、教養人らしく素敵なもの。そして、「論語」くらい読めなければという教養至上主義でもなく、等身大の「現代の悩める子煩悩なパパ」としての取り組みであるところに自然と共感を誘うところがあります。もちろん、並のパパでは己の勉強不足を恥じて論語を紐解く人は多くは無いのでしょうが、何というか、人を寄せ付けない孤高の教養人といった風情ではなく、本当に悩める父として教科書に立ち戻ったという感じなのです。
そしてこの方の書評が私はとても好き。
私がこの方の著書で最も感銘を受けたのは、新潮新書の「謎解き少年少女世界の名作」。日本人が読み解く「世界の少年少女文学」のなかで出色の出来だと思います。
どの考察も素晴らしいのですが、圧巻なのは「ピーターパン」の読み解き。日本人がファンタジーを理解するのは難しい。ちょうどイギリス人(すみません、本当はUKの人というべきなのでしょうが、日本語の通例でイギリス人とまとめて表現しています)に江戸後期から明治の文学を英訳で読んで本当に理解してもらうのは同じように難しいにちがいありません。
ディズニーの魔法にかけられた華やかなお話を想像すると、まったく違うどこか陰鬱なお話。これがファンタジーかとあっけにとられる思いがします。私が最初にこの本を手に取った時にもこのお話の「奇妙さ」だけが残ったものです。
事実、ある人気作家がやはりこの本の解説を試みていましたが、作品を深く理解しているとは思えない浅薄な内容でした。
そしてこの長山靖生の評論を読んだ時の驚き。これを長年イギリスに住んでいたとか、専門的にイギリスのその時代の社会や文学を勉強したいわゆる専門家ではない日本人が書いたとは、本当に脱帽です。そしてこの方の本当の価値は、その道のことなら一番知っているという専門家のような知力ではなく、あちこちに惑いながらも全人格をかけてご自分なりの正解にたどり着くプロセスをきちんと持っていらっしゃる感じがすることです。
足の速い新書の中で、これは本当に本当におすすめの一冊。子どもを育てている忙しいあなたにこそ、読んでいただきたい本です。あるいは、子どもの心を忘れたくないすべての大人に。
こんなお父さんの子どもだったらよかったのになあ。なんて、子どもにはつい人と比べてしまう瞬間もあるものですが、そんな昔むかしの気持ちを少し思い出しました。こんなお父さんとだったら、子どもはどんなお話が楽しめるのでしょう、ね。