あの日、あの朝~兄貴が鬱ったんです~
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病名は…躁鬱(そううつ)病

兄貴が病院に行った日

私は普通通り学校に通った。
相変わらずの学校生活。我が家で事件が起きているのに、まぁ世間は変わらない。当たり前だけど。

私は今日起きた事件について、誰にも言えなかった。
むしろ、どう言っていいのかわからなかった。私自信、まだ理解出来ていない。


今日、帰ったらハッキリするのだろうか…。いや、してもらわないと困る。
今頃、病院に着いただろうか?
どんな検査されるんだろ…。
帰って…来れるんだろうか。

いつも以上に授業に集中出来ない日だった。


学校から帰ると、母がいた。母は何だかスッキリとした顔をしていた。

私は聞いてみた。
「で、兄貴どうだったの?」

「お兄ちゃん?あぁ、あのねっ、躁鬱病だってさぁ。」

そううつ…びょう??何ですか、それは???

「躁鬱病ってね、心の病気の一種なんだけど、テンションの高い躁の状態と、テンションの低い鬱の状態を繰り返す病気なの。」

て、テンションが高くて低くて……へ、へぇーーっ、サラリと言われたけど、よくわかんない(笑)

「え?で、兄貴はどうしたの??」

「お兄ちゃんなら、二階で寝てるわよっ。点滴も打たれたし、眠剤飲んだからねぇ。爆睡中。」


そう言うと母は小さな錠剤と、粉薬を取り出した。

「この粒が眠剤で、この粉のが精神安定剤。これを食後飲むのよぉ。」


母はそう言って私に粉薬を手渡した。私はもの珍しそうに見ていた。
こんな白いサラサラしたので、本当に治るんだべか…。現代医学は発達したもんだっ。でも、信じれないι

二階に行って兄貴の様子を見てみた。今までの夜中の騒ぎは一体なんだったのかと思う位、爆睡していた。

でも、これで母も安心して眠れるんだ。私は凄くホッとしていた。

しかし、ホッとしたのも束の間。その日から想像以上に大変な闘病生活が待っていたのを、この時は誰も知らなかった。

警察の保護

兄貴がおかしくなって4日目の夜

この日の母は凄く疲れていた。

昼間の仕事があるのに、夜は兄貴が起き上がるためまともに眠れていなかった。

このままじゃ母が倒れてしまう。そう思った私は
「今日は一人で寝たら??」と言った。
しかし母は
「お兄ちゃん夜中に起きて、またウロウロしだすから…」
とためらっていた。

「じゃあ…」と私は、階段に降りる扉に鈴をつけた。階段に降りるための扉は、私のベットの近くにある。鈴が鳴ったら聞こえるハズだった。

それでも母が心配そうだったから、階段に降りるための扉のドアノブを紐で固定し、開かないようにした。


これで大丈夫だから、ゆっくり休んで…。母は渋々ながら、久しぶりにゆっくりとした眠りに入った……。




私も熟睡していた夜中の3時頃。父が母を起こしに部屋に入って来た。私はぼんやりとした意識の中で、慌てて起きる母の姿を見たが、すぐに眠ってしまった。




翌朝、目覚めた私に母はこう言った。

「お兄ちゃん、昨日の夜中に警察に保護されたんだよ…」

え?何だって??
何があった??

意味のわかって無い私に母は詳しく説明してくれた。


兄貴は夜中に家を抜け出して、外を出歩いていたらしい。
それも、その時の服装が、ロンTにトランクス。2月の真冬の寒空の下で、そんな格好で出歩いていた兄貴を、たまたますれ違った人が不信に思い警察に通報したらしい。

警察にはすぐに保護されたが、裸足で雪の上を歩いていた兄貴の足は凍傷になりかけていた……。


私は二階に行き、昨日仕掛けた鈴や紐を見てみた。

鈴は外されて、丁寧に床に置いてあった。紐は綺麗に切られて、まとめられていた。

やられた…ι
心を病みながらも、この丁寧さ……恐るべし!


でも、もし夜中出歩いた時、誰も通報しなかったら…。
通報がもっと遅れていたら……。
もっと大変な事態になっていたかもしれない……。


私が凄い大変な事が起きたんだと改めて考えていた時、母は少し涙目でこう言った。

「もう限界……これ以上はお兄ちゃん可哀相だよ。……病院に連れて行こう……。」

さすがに父も私も反論は出来なかった。


こうしてその日、兄貴は病院に行く事となった。

精神科への抵抗

兄貴がおかしくなって3日目

相変わらず、兄貴は家の中をウロウロしていた。

夜も眠れていないのだろう。クマが出来ている。

一緒に添い寝している母によると、夜中に何度も起き上がろうとするらしい。

ここ3日間、母も心配で眠れていない。元看護婦だった母は今は健康食品の販売の仕事をしている。昼間働く母も相当疲れているようだった。


母は「お兄ちゃんを病院に連れて行こう」と何度も言っていた。

父は「もう少し様子を見よう」と言っていた。

きっとその時、父は精神科に抵抗があったのだと思う。

私だってそうだった。精神科には凄いイメージがあった。
牢獄のような所に入れられて、半狂乱になりながら薬を投与されられるのではないか…今考えれば、凄いイメージだっ。

でも、そんなイメージの他にも心配な事があった。

兄貴が今、病院に行って、自分が精神的におかしいとはっきりしたら……私は生真面目な兄貴が思い余って自殺してしまうのではないか………そんな不安があったのだ。


そんな不安から、母に病院に連れて行こうと言われるたびに、もう少し…もう少し…と先のばしにしていた。


しかし次の日、ある事件が起きてしまうとは、この時は誰も知るよしが無かった……。