点数をつける女 | ワインと旅と

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女性のライフスタイルがハッピーになる内容と大好きな食べ歩きとソムリエ資格も持ってるワインのことなど綴ります。

時計の針は、2時20分を指していた。音を立てないようにリビングに滑り込む。

隣の寝室からは、大き目のイビキが聞こえてきていた。

いつものことながら、他の男に抱かれて来た夜は夫が寝ていてくれることにほっとする。

結婚してから15キロも太った夫は、最近寝ている時に無呼吸症候群のようだ。


「ガガガッ・・・」と苦しそうな音を出した後、呼吸が止まった。

もし、このまま寝ている間に息をしなくなったら

私はどう思うのだろうか?

そんな残酷な想像をしながらも裕美は、なるべく物音を立てないようにして鞄から手帳を取り出した。


10/11 Y 83点 

「ひっさしぶりに初回から80点越え・・・ドキドキ当たりだったなあ」


鞄から取り出したピンクの手帳に、暗号のようなメモをつけながら

思わず、裕美の口からは独り言が漏れていた。

きっと、鏡を見たら私の口元は緩んでいることだろう。


そのくらい、今夜の裕史との初めてのセックスは良かった。


裕美 34歳 既婚。


美しいショートボブの黒髪と、小柄で細見なのにメリハリが効いた体つき。

北海道出身らしい、白くてキメの細かい肌。

かなりの割合で、真木よう子に似ているとよく言われる。

外見にも恵まれ、輸入食品の商社でバイヤーを勤める裕美は、

6年前に結婚してからも、自由な生活を謳歌している。

経済的にも何の不自由もなく、同じ生活レベルの遊び相手も沢山いて。

いわゆる「東京で都会的に楽しい生活を謳歌している女」に該当するだろう。


自他ともに認める肉食系の裕美が、地方の名家を実家に持ち東京で親の会社を継いでいる古風な

夫と結婚したときは、友人一同はうまく行かないと思ったものだった。


しかし、6年経った今も結婚生活は続いている。

夫とは合わないセックスからセックスレスになり、今となっては

太って醜い夫には触られたくもないと思う程になってしまった。

自分で自分を慰める生活でどうにか我慢できたのは、最初の3年だけだった。

裕美の肉食ぶりを知っている女友達たちに言わせると、

「よく3年も我慢した。」というが、女を忘れた生活に

それこそ発狂しそうになって、ついにある時元彼に連絡をしてしまったのだ。


人妻である以上、リスクは大きい。

独身時代に既婚者と遊んだことがないとは言わないが、今はあの時とは立場が違う。

欲求不満が顔に出ているのかと自分でも嘆かわしかったが、

人妻と遊びたい男なんて沢山いた。よりどりみどりだったが、変な相手を選んで

夫にばれでもしたら最悪だ。お互い既婚で、口が堅いとわかっている相手が好ましい。

それには、元彼が最適だった。


とはいえ、「不倫」という行為に足を踏み入れてしまった裕美は

それからは糸が切れた風船のようになってしまった。


まだ一度も結婚していない女性に比べたら

焦りも、結婚願望もないせいか男達が寄ってきやすいのだろうか。

それとも屈託のない裕美の性格のせいなのか、

人妻という後腐れのなさそうな感じだからなのか、

常に男には困らなかった。


夫は、どうしているのだろうか。

自分で慰めているのか、他に女がいるのか。


正直、どうでも良かった。嫉妬する程、夫に興味なんてないのだから。


でも、裕美には一切離婚する意志はない。今の生活を捨てて

また1から誰かと恋愛して、結婚して・・・なんて面倒すぎる。

少なくとも、食の好みは合うし、遅く帰っても何も言わない理解のある夫。

しかも、20歳の時の私と今の私は全然違う。35歳の私に、

今よりいい条件の夫が見つかる可能性なんて期待薄だ。

そのくらい私だってわかっている。

遊びの男が本気になりそうになったら、バイバイするだけ。

離婚なんて、頭の悪い男女がすること。それが裕美の信条だ。


裕美は、お気に入りのピンク岩塩の入浴剤を入れてゆっくりバスタブに浸かった。

体の端々に、心地よい疲労感が残っている。


裕史とのセックスを思い出すと、幸せな気持ちになった。

今日、初めてセックスした裕史とは名前の漢字が似ている、という

些細な共通点から盛り上がったのがきっかけだった。


なんだかんだ、かわいい子やイケメンは得だと思う。

背が高くて、エスコート上手で、しかもイケメンの裕史。

恋の始まりは、お互い一生懸命相手との共通点を探そうとするものだ。

パーティーで出会った時から、お互いに意識していた。

名前が似てる、って共通点を知った時なんて軽く運命を感じてしまう程だった。


裕史は、遊びなれているだけあって手順がスマートだった。

デートのお店選びから、会計の仕方、会話、移動手段、待ち合わせ場所・・・。

セックスは、デートの手前から始まっているのだ。


女の扱いに慣れている男、というのは自分が大人になったせいなのかむしろ好ましく感じる。

軽い男だろうが、何だろうが、結婚を男に求めない立場というのは何と自由なのだろうか。

求めるのは、体だけ。他に何も打算はない。

そういう意味では、どんな婚活女より私は純粋ではないだろうか。

博美はセックスが好きだった。

これほど女であることを実感できる瞬間はない。


セックスは、千差万別で、好みだけれども、

中には

30点の男もいれば

95点の男もいる。


でも、100点の男はいない。

なぜならば、毎回100点はありえないからだ。



だけど、きっと結婚なんて、誰としても同じ。

セックスに要する時間なんて、1日のうちの何割?

1か月のうちのどれだけを占める?

睡眠時間よりも、ぐっと少ないものに対して真剣になる程ではない。

私は、思ってもいない「愛している」を平気で言える女になってしまった。

そう、私は割り切ったはずだった。

なのに、この寂しさは何なのだろうか。


どれだけ色んな男がちやほやしてくれても、

永久に続くわけではないのは分かっている。

美貌は衰える。いくらお金をかけても、若い子には適わない。

昼間のデートは避けたくなったのは、ここ数年だ。

あと何年か経ったら・・・。


かといって、あの夫との間に子供を作る?

私が、専業主婦で子育てだけの生活になる?


お酒も、男も辞めて・・・?


結局、いつも同じところで堂々巡り。結論は出ないのだ。

この空しさから、抜け出せる日は来るのだろうか。



いつも、そこで立ち止まるのだ・・・。

裕美のピンクの手帳は、まだまだ役目を終えそうもない。