ほぼ乾ききったWETSUITをハンガーから剥ぎ取ると表に裏返した。
ゴムを引っ張るたびに新潟の砂がさらさらとコンクリートに音をたてながら地面に落ちていく。
今はもう、すっかり現実に戻っていた。
全身の気だるさは残っているが、俺らの旅は二日前に幕を閉じたのだ。
一月三日に横浜に戻ったときは、2度と旅はゴメンだと思っていた。
だが二日たった今は日本海の海水が懐かしく思える・・・
このWETSUITが完全に乾ききり日本海の臭いが消えると俺たちの思い出も消えるのだろうか?
いや、そんな訳はない。
あの愛すべきバカヤロウどもと過ごした五日間は俺が棺桶に入るまで忘れないだろう・・・
DAY 1
12月30日、BAKABAYASHIらと千葉で仕事上の波乗り納めをすると15時過ぎに店に戻った。
今回の他のクルーとは17時に店の駐車場で待ち合わせをしたが奴らが時間通りに来るはずはない。
たっぷり余裕があるのでゆっくりと用意をすればいいだろう。
旅のおおかたの用意は前の晩に済ましていた。
若い頃は出発の1時間前に始めれば良い方だったのに、年をとったもんだ。
今日は残りのCAPとグローブをDAKINEのBACKPACKに詰め込めば終わりだ。
今年のGLOVEを選んでいるとまず一台目の車が到着。
待ち合わせの時間よりだいぶ早い・・・・。
乗っていたのはKIM、KT8の二人だった。
“こんにちわ、今日、千葉の波どうでした”
いつもの丁寧な口調でKT8が俺に効く。
彼は大工でSURFER。
そして職人らしく上下関係に厳しく律儀。
可愛い彼女と交際も長くそろそろ年貢の収めどきなんて話だ。
“まあまあだね”
俺が言うとホッとしたようにKT8はなぜかペコリと頭を下げ微笑しながら荷物を下ろし始めた。
まあまあという返答で波が良かった試しがない。
俺はいい波だったと言わなかったことを後悔した。
運転席からKIMが出てくると挨拶もなしにニヤケづらで捲したてた。
“まあまあですか?残念です。YMSANは何本乗ってましたか?”
彼はエンジニアだが実は派遣社員。仕事のことで悩んでいるのか。
イマイチあか抜けない。きっと生涯の仕事に巡り合えば自信がついていい男になれるだろう。
“うるせい、だまって用意しろ”
俺が怒鳴ると、お店に入っていきながら甲高いチャライ声で反論し始めた
“ヘイヘイ、用意なんてちょろいですよ!それよりCAP必要ですかね~。安いの売ってくださいよ~”
KIMとKT8が極寒の海に対応するための商品を物色してるとBAKAが入ってきた。
“こんにちわ、KIMSAN、KNDSAN。今回は宜しくお願いします”
彼は自動車ディーラーで働く営業マンで通称BAKABAYASI。今回の最年少だ。
BAKAがDRAGONのサングラス、KIMがヘッドバンド、KT8がグローブにCAPを購入した頃、
SUNNYと41が顔を出した。
BAKAが買ったばかりのサングラスを自慢しにいく。
“SUNNYさん、41SANこんにちわ。サングラス買っちゃいました。
辰年なのでDRAGONで~す。渋くないですか~”
“お前はバカぢゃね~。頭足りねえだろ~”
ひときわ甲高い声で大受けしながら突っ込んだこの男は41。
イケメンなのに完全な3枚目で仕事はSEだ。
SUNNYは低い声で挨拶しにくると黙々と俺のバンに荷物を載せ替える。
マスクをしているところをみると体調が悪そうだ。
SUNNYは通称、将軍。
外資系生活用機材のベテラン営業マン。
俺と同様、妻帯者でガキ二人を養っている。
大のSURFOLICだが今回体調を崩しているようで心配だ。
役者が揃ったので車に乗り込み17時半に駐車場を出た。
皆に店のガラクタを売りつけたので店もすっきり、軍資金も増えた。
途中TSUTAYAに寄ってDVDを5本借りた。
5本のDVDはジャンルはいろいろだが今思い返せばこのTRIPにはBEST CHOICEだったのかもしれない。
狩場からバイパスに乗った頃にはすっかり暗くなっていた。
今日の宿は松本。
ここから3時間ほどだ。
運転は俺が担当し、NAVIはKIMにまかせサーフボード7本とクルー6人の一行は長野に向かっていく。
町田の街の灯がすぎるとほどなくして街は暗くなっていった。
途中の定食屋をみてBAKAが騒ぐ
“KNDSAN。かつやだってギャハハハハ”
“またありましたよ。ギャハハハ”
“お前、次しゃべったら殺す”
KT8とBAKAがじゃれ合うのが終わる頃、真っ暗な高速は北にむかって一直線にのびていた。
“いい波にあたればいいですね”KIMがぼそっとつぶやく。
“ああ、一日だけでもな”
俺は知っていた。旅で波を当てるむずかしさを・・・
酒や女、旨い肴などサーファーたちを満足させる要素は様々だ。
ただこのバカヤロウたちを真に満足させるのは波だけだ。
長野に入った頃KIMが助手席でフロントガラスに身を乗り出し空を見上げていた
“TENCHOU星がヤバイですよ。明日は天気がよさそうですね”
俺の不安をあざ笑うかのように満点の星空はキラキラと輝いていたのだった。
続く
