『脚本家 黒澤明』。黒澤天才神話ではなく、具体的に現場で切磋琢磨していた黒澤明を図解した好著☆ | 書物と音盤 批評耽奇漫録

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脚本家 黒澤明』を読みました☆


これはの国立映画アーカイブの同名の展覧会に関連して刊行された、展覧会の公式図解です。

https://www.nfaj.go.jp/exhibition/akirakurosawascreenwriter2022/


黒澤明は日本の映画監督としては世界で最も有名な人だと思いますが、若い頃からトルストイ、ドストエフスキー、バルザックといった世界の文豪の影響を多大に受けながら、多くの脚本を執筆し、腕を磨いてきた人でもあります。


この本では『七人の侍』他、黒澤が書いた傑作脚本の生成や、内容変更のプロセスを追って分析し、つまり、具体的に黒澤作品というものがどのように世界の文豪の影響を受けて生まれ、そしてどのようにブラッシュアップを施されて完成に向けて作られていったかの、その現実的なプロセスを、メイキング的に、あくまで具体的な資料メインで追って分析している図解本です。


だから黒澤明研究評論本によくある、黒澤明をやたら神格化した評論や、黒澤明の天才神話や伝説ばかり有り難がって語っているような偉人伝みたいな評論本とは全く趣を異にするものです。


だってここには長々とした評論の文章はほぼなく、図解によって示されているのは、具体的な資料から判明する黒澤明の制作過程の事実というか現実だからです。


その上で、他の監督たちに提供した脚本や、新たに発見された未映像化脚本、現存未確認であった幻の脚本などの知られざる創造の秘密を、黒澤神話を煽る評論ではなく、あくまで現実的な資料を提示した図解によって解き明かしている本です。


まずはシナリオの修業が映画監督への道であった日本の映画界の慣習から、若き黒澤明が師匠・山本嘉次郎監督の助監督をしながら、いかに脚本を執筆し、『幡随院長兵衛』の初映画化から監督デビューに至ったかを、図解によってナビゲートしています。


そして、黒澤がいかにドストエフスキー、シェイクスピア、山本周五郎といった文豪に影響を受けていたかを資料に基づいてその関係を検討し、黒澤作品にはかなり強い影響を与えていたバルザックの小説や、能や狂言との関係性を具体的な資料を元に黒澤作品と比較分析しています。


3章では『七人の侍』創作ノートを辿り、黒澤と橋本忍、小國英雄の合作シナリオにおいて、登場人物のキャラはどのように作られ、肉付けされ、さらに変化して確立されたのかや、物語の構造はいかに構築されたのかを、この映画に影響を与えている露文学者ファジェーエフの小説『壊滅』との関連に触れながら分析しています。


さらに『隠し砦の三悪人』の菊島隆三の第1案シナリオをいかに黒澤、菊島、橋本忍、小國英雄が旅館に長期逗留して肉付けしていったかを具体的に辿っています。


この脚本は「たたき台」を作らずに、各脚本家が同時に各シーンを執筆する「いきなり決定稿」方式で書かれており、それがいかなるプロセスを経て決定稿に至ったかを極めて具体的に示しています。


各脚本家が同時に各シーンを執筆する「いきなり決定稿」方式だから、当然黒澤が最初に書いた案が採用されるばかりという事は全くありません。


寧ろ黒澤が書いた案は却下となり、他の脚本家の案が決定稿に採用されているケースが顕著に見受けられます。  


これは今の海外の映画やドラマのシナリオが、複数の脚本家のチームによって書かれているスタイルの先取りにも思えますね。


ここにも奇妙な黒澤明神話など出てこず、黒澤があくまでこのシナリオを、他の脚本家と同じように切磋琢磨して作り上げた1人であったという現実の制作過程のみが分かりやすく示されています。


その上で、黒澤映画独特の、あの力強く太い物語の流れが、脚本の段階でどのように作られていたかを、『醉いどれ天使』『生きる』『悪い奴ほどよく眠る』『天国と地獄』の生成過程や、黒澤がいかに決定稿の追加改訂に粘っていたかの、その具体的なプロセスが提示されています。


さらに『赤ひげ』以来、後期黒澤映画の重要な存在である脚本家・井手雅人と黒澤との共同作業の様子を、貴重な一次資料を通して解明しています。


その他、黒澤明が谷口千吉、本多猪四郎や堀川弘通ら数々の映画監督に自身の脚本を提供していた功績についても紹介されています。


ここでちょっと疑問に思ったのは、前に桂千穂さんの著書『新東宝は映画の宝庫だった 1947-1961』について書きましたが、

https://ameblo.jp/erroy3911/entry-12230900289.html?frm=theme


あの中に生前の中川信夫監督へのインタビューが載っていて、P260で、中川監督は、ご自身の監督作『エノケンのワンワン大将』の脚本は、表面は山本嘉次郎になってるけど(実はノンクレジットで)黒澤明が書いていると言われていました。


しかしこの本には、ノンクレジットで黒澤が脚本を書いた(またはリライトした)作品もちゃんと紹介されてるんですが、その中に『エノケンのワンワン大将』は含まれてないんですよね。


それどころか、この『エノケンのワンワン大将』は1940年に黒澤がノンクレジットで脚本を書いた『虎造の荒神山』の同時上映作品なんですよね。



これどうなってるの? 


当時、助監督をしていた市川崑はよく黒澤に脚本や、リライトを依頼していたそうですが、『エノケンのワンワン大将』の製作主任は市川崑なんですよね。   


だから『エノケンのワンワン大将』のノンクレジットの脚本(もしくはリライト)を黒澤がやっていた可能性は十分ありそうにも思えるんですが


そうなると、この二本立ての脚本は二作とも黒澤明が書いていたということになりますが…


果たして真相やいかに


はてさて、

その他この本には、多くの企画を断念された、映画化に至らなかった黒澤の幻の脚本も紹介され、クランクインまで進みながら監督降板となった『トラ・トラ・トラ!』のぶ厚い脚本や、エドガー・アラン・ポーの原作を脚本にした『赤き死の仮面』(改題『黒き死の仮面』)や、新発見の脚本『ガラスの靴』についても書かれています。


最後は、海外での黒澤明脚本出版と合作用の英訳脚本について書かれ、諸外国で出版された黒澤映画の脚本と、外国との合作企画に際して製作費調達のための英訳版脚本が紹介されています。


やはりこの本の最大の利点はこの具体性ですね。


今、どうしても黒澤明を語るとなると、すぐに神格化した黒澤天才神話や黒澤伝説みたいなものが最初に来て、それをみんなで有り難がるということが多いように感じるんですが、こちらは製作の現場資料に基づいて図解されている本なので、そういったものがほとんどなく、脚本家・黒澤明を通して、"現場で切磋琢磨していた黒澤明"という生な姿が見えてくる本になっているところがとても良いと思いますね☆