そこは白い部屋だった。
透き通るような純白で、目が眩むような白い部屋。
しかし蛍光灯や電灯といった類のものはない。
ましてや、壁自体が発光しているわけでもない。
にもかかわらず、そこには確かに、部屋があった。
部屋と「認知」できていた。
部屋にはテーブルと、それを囲むように配置されたソファ。
そこには女性が1人、腰をかけて足を組んでいる。
一言で表現するなら絶世の美女――。
ピッチリとしたホットパンツからあらわになった脚は長い。
長めの紅いボブカットをかき上げると、そこには彫刻細工の様な顔立ち。
髪と同じ色のキャミソール越しにも、その胸はふくよかで形の良いのがわかる。
彼女が街を歩けば、道行く老若男女が目を奪われるだろう。
・・・それが例え、うだるような目でタバコを吹かしていたとしても。
「・・・。やあ、来てたのかい。今日は他のメンバーは・・・まだみたいだね。」
急に隣のソファに顕れた少女を、彼女は横目で一瞥する。
ログインしたばかりの少女は、顔をしかめて美女を睨み返した。
セーラー服を着ている事から学生だろうが、その眼力は到底学生のものでは無かった。
獣や野獣のようにギラギラとした、それでいて無垢な眼。
どこかボーイッシュな雰囲気を思わせるのは、散切りのショートカットとその体格だろう。
小柄ながらも女性の様な丸みのある輪郭ではなく
露出した手足と腹部は筋肉質だ。
「もう、なんでこんな所でまで吸うかなぁ・・・わからないよ、全く。」
「・・・・・・。」
眉毛だけをしかめて、美女は肩をすくめた。
根元まで一気に吸い切ると、テーブルの上の灰皿に押し付ける。
最後の一服を肺からゆっくり吐き出し、少女に問うた。
「あら、すでにアッチで、愉しんできたの?」
「・・・どうして、そう思うんだい?」
問いに問いで返す少女に、赤い美女は指を指す。
その指の先には、セーラー服の隙間からかろうじて見える腹だった。
少女は白い歯を見せて、気持ちよく笑う。
「あはははは、さっすがw」
「・・・っていうか、顔ニヤケてたわ。バレバレよ。」
所々赤く変色した腹をさすりながら、少女はにじり寄り
紅髪の隣に腰を掛けなおす。
「なに、そんなに良かったの? アナタにしては、珍しいじゃない。」
「いやぁ・・・パンチはまぁ、ぜんぜん効かなかったんだけどねぇ」
「そりゃそうだよ。アナタの腹を効かせられるなんて、シゲのダンナか重機位のものよ?」
「・・・あぁ、ラマーね。あれは良かったよ、効いたなぁw」
「・・・・・・。」
笑い飛ばす女子高生の隣で、紅髪の美女は眼を丸くして呆れた。
ラマーとは締固め用機械の一種で道路の舗装現場でよくみられるアレである。
単気筒エンジンを含む自重だけでも百数十キロに及ぶその機械が生み出す衝撃は
地面を踏み固める用途に使われるのであって、決して人体に用いるものではない。
ましてや、一介の女子高生が手に入れられる代物でもないため
恐らくは夜間の工事現場等に忍び込み、拝借したのであろう。
赤髪がその事について叱咤し問い詰めると、悪びれた様子もなく
「・・・だって、落ちていたんだよ。」
と真顔で主張する始末だから、手に負えない。
アナタはもう少し社会のルールと、ついでに自分の体も大切にしなさい
――と今まで何度も口にした言葉を、赤髪は呑み込んだ。
代わりに、胸をはってこれ見よがしにさらけ出されている
その無骨だが芸術的な腹筋に・・・拳を突きこんだ。
ドムッという深い音を立てて、容赦のない一撃が
セーラー服の隙間を掻い潜り鳩尾に入る。
紅髪の拳は、見た目に寄らず柔らかいその腹筋に包まれて
手首まで埋まっていた。
「ウッ・・・は・・・いきなり、ミゾオチかw」
「で? ここが満足してないっていうんなら、一体なにが嬉しいのかしら?」
人体の急所に拳をめり込ませたまま、赤髪が問う。
座った姿勢だからといって決して弱く打ち込んだわけではなく、
むしろ突き入れた拳を回転させて抉り続けているというのに
にも関わらず、少女は平然と答えた。
「それがサ。なかなか、素質のあるコを発掘してしまってね♪」
「・・・なぁに、アナタまた下僕増やしたの?自分の高校の空手部員だけじゃ足りない?」
「それは誤解さ。彼女達はボクに憬れているだけであって、腹が好きなワケじゃない。
全く・・・期待ハズレもいいとこだ。」
「・・・鍛錬を口実にお腹殴らせてるクセに、よく言うわ」
「非道いな、いいじゃないか別に。彼女達が望んでしている事だし。
そうそう、今年度は全国大会まで出場するらしい。あっぱれじゃないか。
彼女達は人を殴って成長し、ボクの腹はその報酬としてより進化する。
これぞ『海老で鯛を釣る』ってやつさっ」
「・・・『一石二鳥』でいいのよ。釣られた方はたまらないじゃないそれじゃ。」
小学生でも知ってるわよ、と付け加えると
いっそう拳をグッと奥へ押し込む。
ウッと大袈裟に息を詰まらせてみせる少女が、溶けそうな眼差しで紅髪を見つめる。
「で、どんな子なの、その子?」
「うん。あれはきっと、ボクと同じタイプだと思うんだよね。
いや、素質はボクよりあるかもしれないか。なにせ、いいお腹してるんだよ。
ボクより一つ、学年は下だったかな。ねぇ、今度連れて来てみていいかい?」
「・・・・・・。」
紅髪はしばし、考え込む。
この少女とは長年の付き合いだ。だからわかる。
人を見る眼は、別に疑ってはいない。
成績は悪いが、バカではない。
「いいわよ。アンタの好きにしなよ。」
「それは良かった!で、それより・・・サ。もう、さっきからウズウズして仕方ないんだ、ボクは」
「・・・さっきリアルで『食べた』ばっかりじゃなかったの?」
あんなものは朝飯前のコーヒーにすら、なりはしないよと言い放つと
少女は赤髪の手を引き、ソファを立った。
紅髪の美女も特に突っ込む気もなく、二人は壁の方へ歩いていった。
そこには、壁の白と同化したようにドアが一つある。
「それじゃぁ、みんながインする前に、軽く準備運動でもしておこっか。」
そういうと、ドアを開けて奥へと消える二人。
よく見ると四方の壁に一つずつ―――計4枚のドアが、その空間にはあった。
―intermission 1 了―