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「―――っとぉ。ダメダメ、・・・野暮なことしちゃぁ。顔はダメだよ。
女の子の顔を殴るだなんて・・・キミ、正気かい? 空手でも顔は殴らないんだぜ?
ほら、ボディにしなよ、ボディに♪」
「くっ・・・・・・・。」
沙那の拳を掴んだ逆の手で、自らの見事な腹を平手打ちする。
その見た目からは想像も出来ないタポタポという音を立てながら
彼女は挑発する。
(だったら、お腹にしてあげるわよッ・・・どうせ痩せ我慢してるクセにッ)
――どちぃッ・・・ずぶずぶ。
「ふっ・・・ぅ。 そうそう、そうこなくっちゃw」
空いた手で神無の腹を殴るも、手応えはやはり先と変わらなかった。
筋肉本来の弾力以外の硬さがない、緩みきった腹。
手首まで埋まっているのがその証拠だ。
本来、素人のパンチがここまで空手家の腹にめり込むことは、そうそうないだろう。
しかし、それでも彼女は身じろぎ一つしなかった。
(一発でダメなら・・・・・・!!)
ヅムッ、ヅムッ、どぷッ、ずぼッ、ドゥッ、グムッ、ずちッ、ドスッ・・・・・・
「んッ、ふッ、ふっ、ふっ、んっ、ぅ、ふっ、ぅ・・・」
残る気力と体力を振り絞って、沙那は打ち続けた。
あらゆる角度から、お腹のあらゆる部位に、渾身のボディブローを叩きこむ。
負傷しているとはいえ、決して弱くないパンチを
普通の女子高生が喰らえば、うずくまってしまうようなボディを
ことごとく、彼女の腹は呑みこんでいった。
しかし、反応は一緒・・・短く息を吐かせるだけに留まる。
(どうして、効かないのッ!!)
どぼッ、ずむぅ、どっぶ、ずぷッ、どすぅ、ぐぼっ、どぷんッ、だぽんッ
「んッ、いいッ、パンチだッ・・・でも、ちょっと、ズレてるんだよ、ね。
そんなんじゃ、全然、効かない、って♪」
―――化物。
そんな二文字が、沙那の頭をよぎった。
殴る度に先程ダメージを受けた腹が疼き、みるみる体力を消耗する。
(このままじゃ、勝てない・・・・・・そうだ、ココならッッ!!)
最期の望みを掛けた一撃を、沙那は打ちこんだ。
拳の軌跡は、ついさっきポニテを悶絶嘔吐へ至らしめたものと同じ。
ただ疲労の為か、着弾点は少し上にズレてしまった。
―――ずどぼぉッ!!
「うッ!?」
そこは鳩尾。奇跡的に人体の急所に、下から突き刺さったのだ。
どんなに達人でも鍛える事のできない部位故の、急所。
流石の神無も、目を丸くする。
しかし―――
「ッけふ。 いいねぇ、実にいい♪ それは流石に効いたよw
なぁんだ・・・キミ、やれば出来る子ぢゃないか! 嬉しいよボクは!」
「・・・そ・・んな・・・ぁ」
確かに急所を貫いているハズの彼女は、悶絶どころか歓喜する。
もう打つ手が無くなり、絶望に暮れる沙那・・・。
鳩尾にめり込み続ける拳に構わず、化物は言葉を続けた。
「でも、非常に残念だよ。もう少し味わってたいのはやまやまなんだけどね・・・。
おそらく、今のパンチがキミの精一杯なんだろ? 図星だね。
流石にちょっと、飽きてしまったんだ・・・。だから、タイムアップだ。」
ワナワナと震える沙那は、まるで猛獣に見つめられた様に動かない。動けない。
彼女の言葉さえ、届いていないだろう・・・。
なぜなら、抜けないからだ。
突き刺しっぱなしの拳が、抜けない。
ギチギチと音を立てて引き締まる腹筋が、それを拒んでいた。
「・・・・・・。」
「―――残念ながら、不合格。」
・・・ズンム。
体の中から、爆発音がした。
地震でも起きたんじゃないかと思うくらいの衝撃が、沙那を襲う。
時間差を置いてやってくる、息苦しさ。
先程、嫌という程味わった、あの感覚だ。
おそるおそる、眼だけを下に向けて確認すると・・・
見知らぬ腕が、腹から生えていた。
「・・・・・・・・ぶげぇぇッッ!!?」
舌を突き出し、嘔吐する沙那。
神無の正拳下突きは、彼女の胃に精確に打ちこまれており
その中に残った内容物を絞り出した。
それだけでは飽き足らず、後ずさる沙那に更なる追い打ちをかける。
「ふふっ・・・キミ、女子にしてはなかなかどうして、いい腹じゃないか・・・」
ズンズンッ、ズドォゥッ!!
「ッッ! ~~~うげぼッッッッ!!」
(ま、また・・・お腹・・・ぁ・・・ッ?)
「キミは、もしかして長距離型なのかな? 薄い筋肉なのにいい弾力だ。
でも、ボクも陸上の事はよくわからないけど、もう少し体脂肪を増やしてもいいんじゃないかなぁ。
これじゃぁまるで、ふやけたかつお節を叩いているみたいだよ。」
ズムッ・ズムッ・ズムッ・ズムッ・・・
「ヴェッ・・・オヴッ・・・ぐぶッ・・・ゲボッ・・・」
(だ・・・メ・・・お腹、ばっか・・・し・・・もう、力・・・入ん・・・な・・・・)
交互に繰り出される正拳突きに、じりじりと後ずさる沙那。
一発一発がとんでもない威力を秘めた突き。
それらは庇う腕を弾き飛ばし、一寸の狂いも無く臍の少し下――丹田へと沈み込む。
気が付けばとうとう壁際まで追いやられてしまった。