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「・・・わたし、勝った・・・の?」
ツンと鼻を突くような匂いが辺りに充満する中、
沙那はお腹を押さえてその様子を伺っていた。
もらいゲロをしそうになるのを必死で堪える。
何度も嘔吐したポニテは、そのまま便器に突っ伏して動かなくなった。
これで窮屈なトイレの中で意識があるのは、今や沙那ただ一人だ。
ほっ、と安堵する沙那。
すると今までこらえてきた嘔吐感が一気にせり上がる。
「ウッ・・・・・・~~~~~ッッッ!?」
手を口で押さえ必死に堪えるも、痛めつけられた内臓の脈動は
自らの意思とは関係なく続いた。結果―――
「ゲ・・・ェェエ・・・・ッッッ」
バシャバシャ、バシャァ・・・
とうとうその場に膝を着き、嘔吐した。
喉をヒリヒリと焦がすような痛みに、涙と鼻水が止まらない。
ひとしきり胃の中のモノが無くなると、ゴシゴシと口を拭う沙那。
「ハァッ・・・ハァッ・・・ふぅッ・・・は、吐いちゃった・・・」
見ると、お腹がまだビクビクと痙攣していた。
殴られた箇所が熱を帯びジンジン痛むが、
それよりも、体が重く、息苦しい。
まるで内臓に鉛を詰められた様な感覚だ、と沙那は感じた。
「お腹を殴られると、足にくるって漫画で言ってたけど・・・ほんとだ、立てないやw」
だが、そうも言っていられない。
背後に突っ伏したままの二人が、いつ目を覚まして再び襲いかかってくるかわからないのだから。
「も、もう少しもってね・・・わたしの、お腹・・・」
沙那は痛む腹部を抱えながら、
内臓を刺激しないようにゆっくり立ち上がる。
先ずは、職員室に行こう・・・先生が誰かまだ残っているかもしれない。
いや、それより先に保険室だろうか・・・でも、内臓が破裂してたら、先に救急車を・・・。
そんな事を考えながら、トイレの錠を外し、外へ出た。
「やあ、ようやく用は足せたのかい?」
・・・そこに広がる光景に、沙那は愕然とした。
一気に体の力が抜け、崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。
「まったく、焦ったよ。何度ノックしても、気付いてくれないんだもん。
ほんと困るよ・・・こっちからは開けられないんだからさ、トイレのドアっていうのは。」
恐怖と畏怖と絶望と懇願をまとめてぐちゃぐちゃにしたような顔の彼女の前には
一人の少女が仁王立ちしていた。
茫然としている沙那を無視して、チラリとトイレの個室内を覗くと、彼女は続ける。
「あーあ、これはまた・・・盛大にやったもんだね。後片付けが大変じゃないか。
まぁ、ボクがやるワケじゃないから別にいいんだけどね。アハハハ。」
「・・・・・・。」
「それにしても、これは全部キミ一人でやったの?
いや、愚問だよね。まさか仲間割れしたってわけじゃあるまいし。大したもんだ。へー。」
「・・・・・・そ、んな。」
「大丈夫、キミ? 顔色が悪いよ? まだ吐き切ってないんじゃないかな?
良くない、良くないよぉ・・・それは。後からむせて、喉に詰まらせたら大変じゃないか。」
「な・・・ん、で・・・」
「悪いものは全部吐いた方がスッキリするよ? ほら、おねーさんが手伝ってあげるから、サ♪」
自分勝手にペラペラと語る彼女が、ゆっくりと腕組を解き――構えた。
その構えには目に見えて威圧感がある。ありありだった。というか様になっていた。
それもそのはずだ。
なぜなら彼女が纏っているのは・・・空手着だからだ。
付け加えるなら、同じ服装を着た女子が少なくとも5人以上。
彼女以外は、トイレの唯一の出入り口を固めていた。
「う・・・わぁあああああああッッッ!!」
そこからの沙那は、まさに我武者羅だった。
考える事を放棄して、それでも頭の中は何故か後悔で一杯だ。
不覚。迂闊。間抜け。どうして気付かなかったのか。
どうして思い出せなかったのか。
確かにポニテは、見張り役の名を呼んでいたではないか・・・。
彼女――空手部二年の伊吹 神無(いぶき かんな)は、突進してくる沙那を
おっくうな様子で、待ち構えた。