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ドシッ! バスッ! ドスッ! ボスッ! ドチッ! ドフッ!
乾いた音と湿ったような重い音。肉を打つ音が交互に響くと、
それに呼応して二つ音色の呻き声が続く。
やはり、ポニテに分が合ったがそれでも沙那は負けじと懸命に耐え、抗い、打ち返す。
「くっ・・・どうした?・・・んぐッ・・・だんだん・・・フッ! 腹筋、弱くなってるじゃないっ・・・」
(クッソ・・・しぶといんだよ・・・こんなに根性あるなんて、とんだ誤算だわ・・・)
「うぶっ・・・そ、そんな事・・・オグッ・・・ないも、ん・・・ウゥッ!」
(うえ・・・お腹・・・効く・・・ぅ・・・きもちわる・・・でも、負けたく・・・ないッ!)
みるみる二人の露出された腹部は赤くなっていった。
飛び散る汗や、口から零れる唾液で、床には所々小さな水溜りができている。
しだいに沙那の意識が朦朧とし始め、その手数が減る。
一発打てば、二発、三発とボディに返えされるようになった頃
我慢比べの終焉は、訪れた。
ドフッ、ドフッ、ズムッ!
「うっ、うっ、うぅっ! ・・・・ま、まだ・・・まだぁッ」
どぼッッ!!
「!? ぐ・・・ふ・・・ッ!!」
(あ・・れ? いま、センパイのお腹・・・柔らかく・・・)
見ると、今までお腹の表面に波紋をつける程度だった沙那のボディブローは
しっかりとポニテのお臍・・・どてっ腹にめり込み、皺を刻んでいた。
同時に、沙那の拳に今までと違った生温かい温度が伝わる。
信じられない、といった表情のポニテ。半開きのその口の端から、つぅっと透明な筋が垂れた。
効いている。そんな微かな希望を沙那が持った矢先の事だ。
小さく咳を一つした後、ギロリと沙那を睨みつけた。
次の瞬間、沙那の体は側面の壁に叩きつけられる。
「てめ・・・調子乗ってんじゃねーぞッッ!!」
ドブッ、ドブッ、ドブゥ・・・!!
「ウグッ・・・げぶッ・・・ふん”ぅッ!! う・・・が・・・ッッ」
髪を掴んでいた手を放し、両手で打ちこまれるフルスイングのボディ。
力強く沙那のおへその辺りに埋め込まれたそれは、手首まで埋まり
薄っぺらい沙那の腹を壁とサンドイッチにしていた。
「てめぇのッ、パンチなんてッ、1mmもッ、効いてッ、ないんだッ、よッッ!!」
ドヴッ、ドヴッ、ドヴッ、ドヴッ、ドヴッ、ドヴッ・・・・・・
「ウッ、ウッ、ヴッ、ウッ、ウッ、ウッ・・・・・・」
(おな・・・か・・・圧迫され・・・なにこ・・れ・・・うげぇ・・・)
リズミカルな連打は、沙那の腸をたっぷりと蹂躙した。
目尻に涙を溜めながら、くぐもった嗚咽が漏れる。
既にその機能を果たしていない沙那の腹筋は、
―――歪められ。
―――陥没し。
まるで餅かなにかのように、拳を包み込む。
すぼめた口から涎が珠となりポニテの顔面にかかるが
それでも、強打の雨は止む事は無かった。
既に戦意は喪失、両手で腹を庇うこともなくダラリと垂れ下げている。
徐々にその体は『くの字』に折れていき、折れた支点の周りの筋肉が分厚くなる。
だが皺が深くなり、肉厚が増したところで、
強度に変化がある事は当然なく。
むしろより深みのある音を立て、手首までずっぽりと沈み込むようになり
見た目ではダメージが大きくなったようにも覗えた。
上半身の倒れ角が60度を過ぎた頃、
渾身のパンチがアッパー気味に突き刺さる。
――ドッムゥゥゥッッ!!!
「~~~~~ッッッ!? ぅげぼぉ・・・ッッッ」
臍より少し上の所に、斜め上へ突き上げるように撃ちこまれたボディ。
衝撃は壁ではなく、壁と背中の間の空間に逃げた。
その衝撃で、背中にかいていた汗が霧散する。
―――辺りが一瞬、静寂に包まれ、空気が止まる。
「はぁ・・・はぁ・・・ぜぇ・・・ったく、しぶといのよアンタ・・・ゾンビかよっ」
息を切らせながら、しかし確かな手応えを実感したポニテが吐き捨てるように問うも
返答はない。
「でも・・・さすがにこれは、モロに入ったでしょ・・・どう、気分は? なんとか言えよ、ホラぁ」
返答が無いのに苛立ち、突き刺さった拳を捻る。
右に、左に、いやらしく、じっくり嬲る様に。
拳が回転する方向に皺を作り直し、ぐちゅぐちゅと音を立てる腹。
その度に沙那の体はビクンと震え、微かな嗚咽を漏らす。
・・・ぐり、ぐり、ぐちっ・・・ずぶ・・・ずぶぶ・・・
「ぅ・・・げ・・・ぅぅぇッ・・・げぉ・・・ぉうぅッ・・・ごぶッ」
どぱ・・・ぼたたっ、びちゃっ
尋常じゃない量の唾液や胃液が、口から溢れる音に
ポニテは満足そうに頷く。
想像以上にタフだった彼女を打ち負かしたという、優越感。
しかしその感情は、彼女の悶絶の表情を見ようと髪を引っ張り上げた瞬間
打ち砕かれる事となった。
「ッ!?」
―――笑っていた。
目からは幾筋も涙を流し、顔からは血の気が無くなっている。
にも関わらず、体液でベタベタになった口元は引きつったように弧を描いている。
「こ、こんなの・・・オェッ・・・長距離でお腹痛くなるのに・・・比べれば、げほっ、どうってことない、よ・・・」
ゾッとした。ポニテの背中に、今世紀最大の悪寒が激走する。
ナンダコイツナンダコイツナンダコイツナンダコイツキモイキモイキモイキモイキモイ――――――。
その隙は、致命的だった。目の前に見ている景色が現実的でないという錯覚。
だから彼女は、迫りくる沙那の頭部を、回避できなかったのだ。
――ゴズンッッッ
「うがッッッあ”ッッ!!」
本日2度目となる頭突きが額に炸裂し、おおきく仰け反る。
そこへ残った力を振り絞った沙那の一撃が
弧を描いて、地面を這うように昇る拳が
彼女の腹へと吸い込まれていった。
・・・・・・・・・どぼんッッッ
「んぅううッ!? ・・・・・・うっ・・・ぷ・・・ッッ」
打ち込まれた拳は、奇跡的にも腰の入った強烈なボディだった。
ポニテの体を一瞬だが浮かせた事が、その威力を物語っている。
そして偶然というものは、重なる。
そのボディブローは、彼女の臍よりもかなり上・・・胃袋【ストマック】へと埋没していた。
たっぷりめり込んだままの拳・・・突き上げられる胃。
とっさに沙那の腕にもたれ掛かかってしまう。
「ヴ・・・ぇ・・・ぇ・・・こ、の・・・・そんなボディ、効かないって言って・・・んっぷ!?」
強がって見せる彼女の頬が、急にハムスターのように膨らんだかと思うと
よろよろと沙那から離れて腹と口を押さえた。
涙ぐんで込み上げるモノを耐えているようだが、徐々にその体が沈み込む。
とうとう膝をついてしまった彼女は、咄嗟に横にあった便器へとその顔を突っ込んだ。
「~~~~ッッぉ・・・おぅええええええッッッ、げぇええええええ~~~~ッッッ!!」
大量に胃の中のモノをぶち撒ける。
その声は潰れたカエルのように無様で、無様だった。
彼女とて決してだらしがない腹というワケではなく、
というよりむしろ、そこいらの女子に比べれば引き締まったスタイルの持ち主だ。
沙那よりも肉厚な腹筋は、脂肪と筋肉で本来ならば拳の侵入を許す余地などなかった。
しかし決定的な違いは、明確だ。
ボディが来るとわかっていて耐える腹と―――
―――意識の虚を突いて抉られる腹。
つまるところ、ただその一点のみがこの勝敗を左右したのだ。