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『トイレのかがみさん』


-1-


――放課後、課外活動が終わって日が沈む頃。
ほとんどの生徒が帰宅した校舎の中から、鼻歌が聞こえる。


 「~~~♪~~♪♪~~♪」


練習を終えた加賀美 沙那(かがみ さな)は、上機嫌だった。
中学から陸上一筋の彼女は今日、おおよそ高校生1年生にしては
全国クラスのタイムを弾き出したからだ。
毎日遅くまで自主練習で走りこんでいる甲斐もあるというもの。
この日も、他の部員が帰ってからも健気に走りこんだ後だった。
滝の様に吹き出る汗を拭いながら、トイレを済ませて手を洗っている。


鏡の中その姿は、程よい小麦色――。
上下共に赤の短パンとランニングシャツによく映えている。
裾や襟からみえる日焼けしていない部分は真っ白で、
引き絞られて女子にしては筋肉質なその四肢とは対照的だ。


そして見事に割れた、腹筋。
体脂肪率は、一桁らしい。
決してボコボコと膨らんでいるわけではなく
深い溝によって、筋肉本来の輪郭が露になっているのだ。
前かがみになると、もりもりとさらに溝は深まり
箸の1~2本くらいなら挟み込めるかもしれない。


 ・・・・・・キィィ。バタン。


 「??」


ふいに、トイレの入り口のドアから、人が入ってくる気配がした。
というのも、顔を冷たい水で洗っている最中なので肉眼で確認することはできない。
この時、彼女がもう少し注意深く耳を澄ませていたなら
その足音が複数人分であったことに気がつけただろう・・・。

タオルで顔を拭きながら、気にせず鼻歌を続ける沙那
顔を上げようとした次の瞬間―――

横方向の重力が彼女の体を襲った。


 「え!? キャッ!! な、なに!? いたたたッ」


どぉん、と音を立てて何かにぶつかる。
背中にはひんやりとした感触・・・どうやら壁に叩きつけられたようだ。
痛みにこらえながらうっすらと目を開けると
そこは、今しがた用を足したトイレの個室だった。
ただ一つ、先ほどと決定的に異なる点は、定員を明らかにオーバーしている事だ。


 「あ、センパイ? ど、どうしたんですか、そんなに大人数で連れションですか!?」


 「やぁ、加賀美ぃ・・・ちょーっと、ね♪」


 「んなワケねーじゃんwwwウケるwww」



―――がちゃり。



すっとんきょうな事を言う沙那を無視して、
入ってきた二人の内、金髪で髪の短い方が後ろ手にカギを閉めた。


閉じ込められた。



 「しっかり見張っといてよ、息吹!」


 「まーかせて。」



どうやら、ドアの外にも1人・・・いや、正確には『最低、1人』いるようだ。
さすがの沙那も、状況が呑み込めない程天然ではなかった。


金色短髪の方は矢上 真弓。


対照的に茶髪ポニテが四条 明。


共に、沙那と同じ服装をしている。陸上部の1年先輩だ。
とは言っても、決してよく面倒をみてもらっているワケでもなく
おまけに陸上部員としてのスペックは・・・残念ながら1年の沙那にも劣っている。

幸か不幸か、少なくとも沙那にはその自覚があった。

壁を背にして動けないままの彼女に、二人はズイッと体を近づける。


 「あ、あの・・・センパイ? これって、どーゆー・・・」


 「加賀美、アンタさぁ・・・最近調子イイじゃない?」


 「そーそー、今日だってアタシらのタイム、余裕で抜いてくれちゃってw」


 「あ・・・その・・・おかげ様で・・・」


口元を引きつり、無理やり笑顔を作って答える沙那。
対して、二人の表情が暗さを増していった。


 バンッッ!!


 「!?」


 「ったく、そーゆー態度が余計にイラつくッ!!」


金髪の方が、勢いよく壁を叩く音がトイレ中に響いた。
ビクっと体を硬直させて縮こまる沙那。
そこへポニテのドス黒い声が、追い討ちをかける。


 「ねぇ、加賀美さ・・・明日の選抜、ウチら2年間の努力が試される時なんだよ。」


 「・・・・・・。」


 「そこで、モノは相談なんだけどさぁ・・・加賀美、アナタ先輩思いのいい子だよねぇ?」


 「・・・・・・。」


皆まで言われずとも、沙那は理解した。この状況で、この芝居掛かったセリフ。
どうやら明日の部活で行われる選抜テストで、手を抜けという事だろう。
ゴクリ―。と、唾を呑み込むのが、辛くなる。


 「えっと・・・その・・・わ、わたしも、中学から努力はしてるワケで・・・えっと。」


 「・・・・・・。」


薄暗いトイレの個室の中で、ポニテの切れ長の目が光ったように見えた。
無言で威圧するその面構えは、決して動物や生き物に向けるものでは無い、と思った。


 「・・・そう。ウチらの努力が、足りない、か。」


――――――じゃ、仕方ないね。


 ド ム ッ ッ ッ !!


 「ぇぐッッッ!!?」



一瞬、世界が揺れた。地震かと思った沙那だが、違う。
見開かれた目は、決して驚きに拠るものではなかった。
体を急に襲った衝撃。こみ上げて、思わず漏れた空気。
おそるおそる、その衝撃の元を目で探すと・・・

細い腕が、しかししっかりと、彼女の腹部に突き刺さっていた。


 「・・・ゲッ・・・ほ、げほっ!?」


 「あはは、なんか変な声でたよ? なにそれ、壁ドンならぬ、壁ドムw? ウケルww」


金髪が下品に笑うのも、もはや沙那には届いていない。
自分の身に起こった状況を把握するのに、手一杯だった。
見事に割れた腹筋は、その役割を果たす準備も間に合わず
急激に圧迫された内臓が、きゅうっと締まりむせ返る。


 (い・・・息・・が・・・お腹、殴ら・・・れ・・・)


 「ふふ・・・苦しい? でも仕方ないわよね、あなた強情なんだもん」


 「ねーねー、アタシも殴っていい? いいよね? 痛い目みないと、わかんないよね?」


 「いいけど、顔はバレるからだめよマユミ。」