なぜ人は「正解探し」をやめられないのか | なぜか、全部おかしい

なぜか、全部おかしい

SNS、承認、成功、労働、AI。普通に見える社会の中で、なぜか消えない違和感を静かに観測しています。

正解が知りたい。

失敗したくない。

遠回りしたくない。

間違えたくない。

誰でもそう思う。

私もそうだ。

だから調べる。

本を読む。

動画を見る。

SNSを見る。

AIに聞く。

誰かに相談する。

そして、

また調べる。

ここに一つの違和感がある。

なぜ私たちは、

これほど正解を探し続けるのだろう。

ここが重要だ。

例えば仕事。

どの会社が正解なのか。

どの働き方が正解なのか。

どの副業が正解なのか。

例えば人生。

結婚するべきか。

しないべきか。

都会が良いのか。

地方が良いのか。

何が正解なのか。

探し続ける。

私は長い間、

この現象を観察していた。

そして気づいた。

人は正解を探しているようで、

安心を探している。

ここが重要だ。

正解が分かれば安心できる。

失敗しなくて済む。

損しなくて済む。

後悔しなくて済む。

そう思う。

だから探す。

しかし、

現実は違う。

正解を見つけても不安は消えない。

なぜなら、

次の正解探しが始まるからだ。

私は団地を歩きながら考える。

昔より情報は増えた。

比較にならないほど増えた。

本。

動画。

SNS。

AI。

検索。

専門家。

成功者。

正解候補は無数にある。

すると何が起きるか。

迷う。

あっちも正しそう。

こっちも正しそう。

別の人は逆のことを言う。

結局分からなくなる。

面白いことに、

情報が少ない時代より、

情報が多い時代の方が正解探しは終わらない。

選択肢が多すぎるからだ。

市場から見ると合理的だ。

悩む人は探す。

探す人は見る。

見る人は消費する。

だから社会は、

無数の正解を提示する。

成功法則。

人生戦略。

習慣術。

思考法。

自己啓発。

全部魅力的に見える。

すると人は思う。

次こそ正解かもしれない。

私は最近、

人生には正解よりも、

納得が大事なのではないかと思う。

正解は分からない。

未来は見えない。

しかし、

自分で選んだ。

自分で決めた。

その感覚は残る。

少し不思議だ。

人は正解を求める。

しかし本当に欲しいのは、

安心なのかもしれない。

失敗しない保証なのかもしれない。

私はそう感じる。

なぜ人は「正解探し」をやめられないのか。

それは知識が足りないからではない。

頭が悪いからでもない。

私たちは今、

無限の正解候補が流れ続ける社会で生きている。

問題は、

あなたの判断力ではない。

問題は、

正解があるように見せる構造なのかもしれない。


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SNS。

承認。

成功。

労働。

AI。

なぜか全部おかしい。

そんな違和感を感じたことはありませんか。

なぜSNSを見るだけで疲れるのか。

なぜ成功しても満たされないのか。

なぜ真面目な人ほど消耗するのか。

私はその違和感を観測し続けています。

ブログでは書けない観測記録は、

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観測者K

なぜか全部おかしい。

その違和感を静かに観測しています。