なぜ現代人は空虚を埋め続けるのか | なぜか、全部おかしい

なぜか、全部おかしい

SNS、承認、成功、労働、AI。普通に見える社会の中で、なぜか消えない違和感を静かに観測しています。

何か足りない。

理由は分からない。

生活に問題があるわけではない。

仕事もある。

食事もできる。

住む場所もある。

それなのに、

なぜか満たされない。

ここに一つの違和感がある。

私は長い間、

この感覚を観察していた。

そして思う。

現代人は、

何かを求め続けている。

ここが重要だ。

例えばSNS。

見る。

少し楽しい。

しかし終わる。

また見る。

また探す。

例えば買い物。

欲しかった物を買う。

嬉しい。

しかし数日後には慣れる。

また次を探す。

例えば成功。

目標を達成する。

嬉しい。

安心する。

しかしまた次の目標が現れる。

終わらない。

私は団地を歩きながら考える。

昔も人は何かを求めていた。

しかし今とは少し違う。

現代は、

求める対象が無限にある。

動画。

SNS。

商品。

情報。

学び。

成功。

自己実現。

自由。

可能性。

常に次がある。

だから止まれない。

面白いことに、

空虚は悪いものではない。

人間は昔から、

心のどこかに空白を持っている。

問題は、

その空白を埋め続けなければならないと思うことだ。

市場から見ると合理的だ。

空虚を感じる人は動く。

探す。

買う。

学ぶ。

登録する。

挑戦する。

だから社会は、

次を提示し続ける。

もっと楽しいもの。

もっと便利なもの。

もっと刺激的なもの。

もっと理想的なもの。

すると人は思う。

次こそ満たされる。

しかし、

しばらくすると元へ戻る。

少し不思議だ。

手に入れたかったものは手に入った。

昔の自分なら羨む場所にいる。

それでも、

なぜか満たされない。

私は最近、

空虚を埋めることより、

空虚と共存することの方が大切なのではないかと思う。

人間は完全には満たされない。

だから生きる。

だから考える。

だから創る。

だから誰かを求める。

もし完全に満たされたら、

何も求めなくなるかもしれない。

私は思う。

空虚があることは異常ではない。

弱さでもない。

人間らしさなのかもしれない。

なぜ現代人は空虚を埋め続けるのか。

それは空虚が悪いからではない。

空虚を感じてはいけないと思わされているからかもしれない。

そして私たちは今、

無限の解決策が提示され続ける社会で生きている。

問題は、

あなたの心ではない。

問題は、

空虚を埋め続けることを求める構造なのかもしれない。


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SNS。

承認。

成功。

労働。

AI。

なぜか全部おかしい。

そんな違和感を感じたことはありませんか。

なぜSNSを見るだけで疲れるのか。

なぜ成功しても満たされないのか。

なぜ真面目な人ほど消耗するのか。

私はその違和感を観測し続けています。

ブログでは書けない観測記録は、

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観測者K

なぜか全部おかしい。

その違和感を静かに観測しています。