いいねが付く。
少し嬉しい。
認められた気がする。
誰かに届いた気がする。
安心する。
しかし、
その安心は長く続かない。
ここに一つの違和感がある。
私は昔、
不思議だった。
いいねが増えれば満足すると思っていた。
10件なら嬉しい。
100件ならもっと嬉しい。
1000件なら満たされる。
そう思っていた。
しかし現実は違う。
10件で喜ぶ。
次は20件欲しくなる。
20件で喜ぶ。
次は50件欲しくなる。
50件で喜ぶ。
次は100件欲しくなる。
終わらない。
なぜだろう。
私は長い間、
この違和感を観察していた。
そして気づいた。
人は数字そのものを求めているのではない。
比較をしている。
ここが重要だ。
例えば100件のいいね。
昔の自分なら驚く。
しかし今の自分は違う。
前回より少ない。
あの人より少ない。
期待より少ない。
すると足りなく感じる。
数字は増えている。
しかし満足は増えない。
面白いことに、
SNSの数字には終わりがない。
フォロワーもそうだ。
再生数もそうだ。
いいねもそうだ。
上がいる。
もっと上がいる。
さらに上がいる。
だから安心できない。
私は団地を歩きながら考える。
昔、
評価は限定的だった。
学校。
職場。
近所。
評価する人は限られていた。
しかし今は違う。
世界中が評価者になる。
すると人は、
自分の価値を数字で確認するようになる。
今日は何件だろう。
増えただろうか。
減っただろうか。
気になる。
また確認する。
少し不思議だ。
数字は便利なはずだった。
しかし時々、
数字が人を支配する。
市場から見ると合理的だ。
確認する人は戻ってくる。
反応する人は滞在する。
数字が気になる人は離れない。
だから数字は見える場所に置かれる。
そして人は見る。
また見る。
また確認する。
私は最近、
いいねの本質は評価ではない気がしている。
期待だ。
期待した数字。
期待した反応。
期待した結果。
だから足りなくなる。
本当に欲しかったのは、
数字だったのだろうか。
それとも、
安心だったのだろうか。
その問いを考えることがある。
なぜ「いいね」は足りなくなるのか。
それは数字が少ないからではない。
数字が比較へ変わるからだ。
そして私たちは今、
比較が無限に続く環境で生きている。
問題は、
あなたの承認欲求が強いからではない。
問題は、
満足しにくい構造なのかもしれない。
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▼ 静かな生存インフラ通信
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SNS。
承認。
成功。
労働。
AI。
なぜか全部おかしい。
そんな違和感を感じたことはありませんか。
なぜSNSを見るだけで疲れるのか。
なぜ成功しても満たされないのか。
なぜ真面目な人ほど消耗するのか。
私はその違和感を観測し続けています。
ブログでは書けない観測記録は、
「静かな生存インフラ通信」
で配信しています。
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観測者K
なぜか全部おかしい。
その違和感を静かに観測しています。