承認されたい。
これは特別なことではない。
人間なら自然なことだ。
認められたい。
必要とされたい。
価値があると思いたい。
誰でも持っている。
しかし現代には、
少し不思議なことがある。
SNSだ。
投稿する。
反応が来る。
嬉しい。
認められた気がする。
安心する。
ところが、
その安心は長く続かない。
また投稿する。
また反応が欲しくなる。
ここに一つの違和感がある。
私は長い間、
この現象を観察していた。
そして思う。
SNSは承認欲求を満たしているようで、
終わらせてはいない。
ここが重要だ。
例えば食事。
お腹が空く。
食べる。
満たされる。
しばらく落ち着く。
しかし承認は違う。
反応をもらう。
嬉しい。
安心する。
でも、
数時間後には消えている。
翌日にはもっと欲しくなる。
なぜだろう。
私は団地を歩きながら考える。
承認は、
物ではない。
感覚だ。
そして感覚は続かない。
どれだけ褒められても、
慣れる。
どれだけ評価されても、
当たり前になる。
すると次が欲しくなる。
面白いことに、
SNSはそれを非常に上手く作っている。
いいね。
コメント。
フォロワー。
再生数。
通知。
全部数字になる。
すると人は確認する。
増えた。
減った。
増えた。
減った。
気になる。
また見る。
また確認する。
市場から見ると合理的だ。
確認する人は戻ってくる。
戻ってくる人は滞在する。
滞在する人は利益になる。
だからSNSは、
承認を完全には満たさない。
少しだけ与える。
そして続きを見せる。
私は最近、
承認欲求そのものが悪いとは思わない。
誰だって認められたい。
誰だって必要とされたい。
問題は、
終わりが見えなくなることだ。
評価されても不安。
褒められても不安。
数字が増えても不安。
すると、
承認を求め続ける。
まるで喉が渇いた人が、
海水を飲み続けるように。
飲むほど苦しくなる。
少し不思議だ。
SNSは人を承認する場所に見える。
しかし時々、
承認を探し続ける場所にも見える。
私はそう感じる。
なぜSNSは承認欲求を終わらせないのか。
それはSNSが悪いからではない。
承認が、
終わりのない感覚だからかもしれない。
そして私たちは今、
その感覚が無限に供給される社会で生きている。
問題は、
あなたの欲深さではない。
問題は、
承認を求め続ける構造なのかもしれない。
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▼ 静かな生存インフラ通信
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SNS。
承認。
成功。
労働。
AI。
なぜか全部おかしい。
そんな違和感を感じたことはありませんか。
なぜSNSを見るだけで疲れるのか。
なぜ成功しても満たされないのか。
なぜ真面目な人ほど消耗するのか。
私はその違和感を観測し続けています。
ブログでは書けない観測記録は、
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観測者K
なぜか全部おかしい。
その違和感を静かに観測しています。