フランスでは香水を纏わない女性を
『香りのない花』に例えるらしい。
私は小学生の時の親友、小花あづさちゃんの匂いが大好きだった。
それは彼女のお弁当箱からも、ランドセルからも、筆箱からも香ってきた、春の日差しと干したお布団の香り。
なぜ自分からはその香りがしないのかと自分のお弁当箱を包むナフキンの匂いをかぎまくったものである。
実はそれは洗濯物の柔軟材の匂いだったのだけれども。
その香りは優しくて、いつも穏やかだった彼女にぴったりで、彼女のことを思い出すと私はいつもその香りを思い出す。
彼女に出会って以来私はいつも
『いい匂いのする女性』になりたいと願ってきた。
そのため
『いい匂いのする人』にもとても敏感である。
さて、これはいまだに謎なのだが、
ガイジンは老いも若いもそろって『いい匂い』がするのである。
それはもちろん米国にあふれる香水やキャンドル、エアフレッシュナーの香りなのかもしれないけれど。
それは日本人からは決して漂ってくることのない匂い。
なんちゅーか、『異国の香り』をみんな纏っている。
自分はその香りに惹かれて遠く離れた米国までやってきたのではないかと本気で思うときがある。
自分もいつかその香りをまとうべく、せっせと香水を降り、ボディクリームを塗りたくっているが、こればっかりは一生自分に纏うことのできない香りなのだろう。
そして、小さなことにイライラし、夫バニーに切れまくる私は、
いつも優しくて穏やかだった小花あづさちゃんの香りもきっと纏うことはできない。
今は二児の母となった彼女からは今も変わらずあの香りがするのだろう。
今日我が家の駄犬を抱き上げたら『異国の香り』がした。
そんな一日。