日本とも関わりがある独立宣言起草博物館 | sehari-hari~ジャカルタ生活日記と日本のインドネシアネタ

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2017年4月~インドネシアのジャカルタへ

ジャカルタのいろいろな情報話題を日記として記録→2022年8月に本帰国しましたが、
2023年9月から再度ジャカルタ生活へ

「一回は行っといたほうがいいよ」と言われていた博物館


難しそうだから今まで足が向かなかったけど、コロナでいろんな場所が閉まったままで、思い出作りもままならないし

開いてるから行っとくか...

Museum Perumusan Naskah Proklamasi
独立宣言起草博物館

ここは何かというと...

独立宣言は、1945年8月17日の朝、初代大統領となるスカルノの中央ジャカルタにあった邸宅で読み上げられました。
8月15日の第二次世界大戦終戦から、この独立宣言発表に至る間は、激動の3日間で、その中でも、8月16日の深夜から17日未明まで、「独立準備委員会」の独立宣言についての打ち合わせが行われたのが、戦時中ジャカルタ海軍武官府代表であった前田海軍少将の中央ジャカルタにある公邸です
【在インドネシア日本大使館HPより】

この建物は旧前田海軍少将公邸です

入場はRp2000です。
入り口はいると大きなホール

玄関横の応接室には前田少将一家の家族写真

1945年8月17日の午前3時00分頃、Bung Karno、Bung Hatta、Ahmad Subardjoが食堂に入り、 ブン・カルノは布告原稿の草稿を作成


前田少将は介入しないように2階の部屋に上がって行ったとあります。

大きな邸宅で、「なんかバスルームが多い」というしょうもない感想なんですが、その当時の日本の生活と比べたら、きっと宮殿のようだったはず
8/6に広島に原爆が落ちてから、8/17インドネシアが独立宣言するまでの激動の11日間のロードマップ

日本に関わりが深いだけに複雑

正方形のアールデコ風、ヨーロッパの慣習とオランダ領東インドの熱帯気候にあわせた建物のつくりになっています。
裏庭は今は工事中ですが、前田少将はこのテラスに座って涼むのが好きだったとあります。

独立宣言を起草した三人の胸像
スカルノ、ハッタ、Ahmad Subardjo(この人はしらんかった)
遠足や研修なんかで来たときに団体で座って説明聞いたり、ご飯食べたりできる中くらいのホールもあります。

終戦後であり、前田少将には本国から何の指示も無かった中で、何とか円滑に独立が実現してほしいという思いから、スカルノ氏、ハッタ氏他の安全を確保するために、公邸という場を提供。
この際の貢献を評価され、前田少将は、亡くなる1年前の1976年に、インドネシア政府から建国功労賞を授与されました。
【在インドネシア日本大使館HPより】


実際、独立宣言が読み上げられたのはスカルノの自宅のテラスらしく、その自宅がもともとあった場所は、東に1.5kmほどいった

独立宣言塔(モナスじゃないよ)

Tugu Proklamasi

ここは完全に屋外の記念公園みたいになってますが、私が行った1月末はコロナのため閉鎖されてました。

屋外だし、人が集まるって場所でもないだろうけど...


独立宣言起草博物館

Museum Perumsan Naskah Proklamasi

Jl. Imam Bonjol No.1, RW.4, Menteng, Kec. Menteng, Kota Jakarta Pusat

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