テーさんのスミレカフェー -37ページ目

テーさんのスミレカフェー

面白いことが大好きで悪いことは許せない
さういふひとに私はなりたひ

七夕は大好きです。


下にいるのは、お隣の交野市のマスコット「おりひめちゃん」



テーさんのスミレカフェー

なんとブログまで書いてるお利口さんです。

http://orihimeclub.blog92.fc2.com/



僕の住んでる枚方市には「ひこぼしくん」もいて、

今日は京阪電車に乗ってデートだそうです。


交野市は七夕伝説発祥の地と言われます(まあ交野市が自分で言っているのですが)

かつて弘法大師が交野を訪れた際に呪法を唱えた所、天より北斗七星が降臨し、

3つに分かれて交野の各地に落ちたと。


そんな伝説があります。弘法大師マジ万能。


ちなみにこの伝説は、かの宗像教授も調べておられまして。

いつも通り死ぬ程危険な目に遭ったりして大変面白いのですが、それはまあ別の話。


去年の七夕には、彼女のいる星田妙見宮で僕も短冊を吊るしてきました。

願い事はただ一つなので、それを書いて。


そうしたら、ふと目に入った短冊がありました。



「かたののみんながしあわせになりますように  おりひめちゃん」


アンタも願い事すんの!?

思わずこけてしまった記憶があります。


でもまあ、とっても良い願いですよね。これを見たら一発でおりひめちゃんが好きになりました。


ストラップまで買いましたから。商魂たくましい神社です。



で、ツッコミを入れた後に気付いたんですが、

そもそも僕らは七夕の夜、誰に対して願い事をしてるんでしょうか。


天帝さま?いやいや絶対僕らそう思ってないでしょ。


織姫さま?なのかなあ。僕の場合気分的にはそうですけど。


彦星?いやいや一番ありえないでしょ。悪いけど。


今年もやっぱり判らないままですね。

敢えて知りたいとは思いませんが、知ってる人いたらコメントお願いします。




国会事故調査委員会 ダウンロードページ

http://www.naiic.jp/blog/2012/07/06/reportdl2/


新聞報道を読んだだけで、まだ本文は目を通してませんが。


官邸の介入問題については、とりあえず本文を読むまで判断保留ですかね。

官僚の関与に全く触れてないんだったらあまり意味が無いし。


僕が個人的に注目なのは、

「地震で既に原発が壊れていた」可能性と、内部被曝のリスクをどう見ているかです。


朝日の朝刊が載せている要旨では、地震による非常用復水器(IC)等の損傷の可能性を

ハッキリ指摘してますね。


①バックチェックや耐震補強が未了だった→重要な設備が壊れるだけの地震動だったと判断される


②小規模の配管破断でも、10時間程度で炉心溶融の可能性(原子力安全基盤機構の解析による)


③津波到達時間とされている時刻は、沖合1.5kmの記録で原発への到達時刻ではない。

 少なくとも1号機の電源喪失は、津波以外の可能性がある。


④地震発生当時1号機建屋4階にいた作業員数人が出水を目撃している。5階の燃料プールからの

 ものでないとすると、出水元は不明。


⑤1号機のICは自動起動から11分後に運転員が手動停止。理由について、複数の運転員が原子炉圧力の

 低下が速いので配管から冷却水が漏れていないか確認するために止めたと説明している。

 原子炉の温度変化が急にならないよう手動停止したとの東電の説明は合理性を欠く。


⑥主蒸気逃し安全弁について、1号機には記録も無く作動音を聞いた人もいない。

 1号機は地震による小規模の破損の為、作動しなかった可能性がある。



朝日の記事では報告書の指摘について、「可能性に過ぎず、断定する十分な根拠はまだない」と

一応慎重姿勢を見せてます。


そうですね。まだ断定する根拠は無い。今後数十年出て来ない気もします。

だから普通は危険側に立って考えます。


特に④の部分。


燃料プールからでなければ、本当に何処から沸いた水なんでしょうか。

それともこの数人の作業員は全員幻覚を見たのか。


①で最初に言ってますが、基準値振動を超える地震が起きた以上、

基本的に「地震で壊れる」のが道理ですね。武田先生の言い方なら「設計通りに壊れた」


ここを素直に追求していくと、国内の原発は全て壊れる事にもなる大事な部分。

ハッキリ報告書の形で残してくれたのは大きな成果だと思います。



内部被曝については一番気になりますが、これもやっぱり本文を読んでからですね。

今回の国会事故調には崎山比早子先生が参加されてますし、おかしな内容にはなってないと思うんですが。


参考

マル激トーク・オン・ディマンド 第539回 (videonews.com)

「人間は放射線を浴びてはいけない生き物なのです」

http://www.videonews.com/on-demand/531540/002016.php



さて、東電はこの報告書にどう反論してくるんでしょうかね。

で、

産経はミキハウスの記事を載せながら、こんな社説を書く訳です。


電力危機と再稼働 空白許されぬ原子力行政 (産経)

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120705/plc12070503130005-n1.htm


関西電力の大飯原子力発電所3号機が再稼働し、42年ぶりの「原発ゼロ」という異常事態は、とりあえず解消された。だが、電力の安定供給態勢の確立には他の原発の再稼働が欠かせない。



原発ゼロを「異常事態」と捉えるのは産経の主観的判断ですね。



だが、これら2基を加えても、関西圏をはじめとした電力不足はいぜん深刻だ。関電管内の電力需給が綱渡り状態にあることは心しておかねばならない。

 安定した電力供給には、最低でも常時、3%程度の供給余力が必要とされる。大飯3、4号機がフル稼働に移行しても余力は1%未満にとどまる。

 一方で電力各社は停止した原発を補うため、火力発電をフル操業している。なかには老朽化した設備もあり、故障発生の懸念が強まっている。2日には関電の姫路第2火力4号機がボイラーの蒸気漏れで止まったばかりだ。大規模停電の恐れは消えていない。



電力会社当人が出すデータを丸呑み。楽なものです。



ただ、家庭や企業に負担を求める節電では、根本的な解決にならない。安全を確認した他の原発の再稼働がなければ、今後も慢性的な不足が続く。節電頼みでは国力の低下を招くのは必至だ。



根本的に原発以外見えないらしい。福一の事故が国力を下げている事も無視。



そのためには、原発のストレステスト(耐性検査)の結果を審査して、再稼働に向けた手順を進める必要がある。規制委の発足を急ぐとともに、それまでは原子力安全委が与えられた役割を果たさなければならない。時間を浪費すべきではない。



原子力安全委の役割は、まず「一次評価だけでは不十分」である事を再度首相に迫る事ですよ。

時間が無いとか煽って大事な事をスルー。



大飯原発の再稼働をめぐっては、反対派が連絡道路を一時閉鎖するなどの騒ぎも起きた。違法な示威行動には警察当局も毅然(きぜん)たる対応を取るべきだ



という訳でルールを無視してるのは今の再稼動ですね。

安全委の提言を無視するのは犯罪ではないにせよ違法です。答えてないんだから無視ですね。

警察当局は毅然たる対応を取るべきです。



それにしても事故のリスクをよくここまで無い事に出来るもんです。


僕が嫌いな言葉に「代替案を出せ!」があります。例えば電力不足。

実際飯田氏が以前から提案してるし、他の人もあちこちで言ってるんですが。


でも「電力不足の代替案を出せ!」と言うなら、本来は「原発事故の代替案」だって求められるんですよ。

この論法なら。


片方を無視する事で、言外に自分の立場を言ってるようなものです。


今回は幸い電力の代替案が望めましたが、そもそも「代替案」など存在しない状況にだってなり得るのが

原発事故だと判らないんですかね。






ミキハウス社長の「交通事故に比べたら原発は安全」発言について、以下の記事


ミキハウス社長の

「交通事故は50年で100万人以上が死んでいるが原発事故ではそんなに死んでいない」

発言にネット上で批判相次ぐ (産経)

http://topics.jp.msn.com/wadai/rocketnews24/column.aspx?articleid=1171797


産経のページですが、記事そのものは提携先のロケットニュースから持ってきたみたいです。


木村社長の発言に対するtwitterでの反発の声が紹介されてますが、問題は次の部分。


現在もまだ原発事故は収束しておらず、世の中では反原発の運動にも多数の参加者がいることはもちろん、子どもへの放射能の影響について心配をしている親たちも多い。彼らの感情を考えると、この発言は不用意だったといわざるを得ない。


微妙なニュアンスの違和感がしませんか。


要は「感情」の問題にしてるんですね。この書き方では。

社長の発言がまずい理由を、感情の問題に矮小化しています。


逆を言えば、社長の発言に対する反発は「感情の問題」と言いたい訳です。


そうではないですよね。


「交通事故のリスク」と「原発事故のリスク」という本来比べるべくもないものを対置し、

原発の被曝リスクを軽く見積もった上で、容認を迫る。


この論法自体の倫理的問題を問うているんですよ。反発の声は。

感情の問題ではないんです。



このリスク受忍論は、結局は両方のリスクの受忍を迫る論法です。

「交通事故のリスク」はむしろ拡大される方が、受忍を迫る側には望ましいんです。


だって交通事故の死者が100万人から200万人に上がれば、相対的に原発は2倍安全になりますもの。


そういう卑劣な考え方を、さも人々の味方面をしてうやむやにしたいのが今回の記事です。



ゼロリスクを求めるのは断じて「身勝手」でも「利己主義」でもありません。

実現可能かどうかは別に、ゼロリスクを求める姿勢からはより安全な社会が生まれます。


リスク受忍論を口にする人とそれを擁護する人は、所詮リスクを押し付けて得をする立場の人と、

そういう立場に媚を売って得をする人です。


両者は「危険の足し算」しかしません。














昼食を食べながらブログ書くのは行儀が悪いのでやめましょう。


ちなみに今日のお昼はアボカドとキュウリです。



再稼動が進むにつれて、ネットの掲示板でもいわゆる「安全厨」は水を得た魚状態ですね。

二日間更新を休んで、僕も己を振り返ってみました。


思えば悪い夢を見ていたのかも知れません。


冷静さを失い、カルト化した反原発ムードに流され、きちんとした科学的根拠もなく感情的に

「放射能は危険」と言い続けてきました。


その結果傷つく人の存在も目に入らず。



カルトから抜けた人は「夢から覚めた気持ち」になると言います。

なんでしょう、このすがすがしい気分。


僕もこれからは、本当の意味での公共心を持ち、長期的な脱原発を焦らずに願うべきなのかも

知れません。こう思える自分が素直に嬉しい。






ビシッ




あれ?何で今僕、手刀を?



バシッ


おっかしーなー。何で蹴りが出るんだ?


あ・・・ああ・・・!

覚えている。僕の体が覚えている。


ラーメンマン先生から教わった技の全てを!!



という訳で、やっぱ原発は即時撤廃しましょう。

放射性物質を取り込む内部被曝は危険です。停電リスクは対処可能ですが、

事故のリスクは対処不可能です。


感情的に騒ぐゴミをまとめて片付ければ綺麗な社会になるんでしょうが、

僕には清潔な集団が崖に向かってレミングの行進をする絵にしか見えません。