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テーさんのスミレカフェー

面白いことが大好きで悪いことは許せない
さういふひとに私はなりたひ

大変面白い本を紹介します。


スティーブン・クロール 『反原発』 (1981・現代書館)


テーさんのスミレカフェー


え、先に言っておきますとこの本、後半から社会主義思想に傾倒しますので。

サヨク嫌いな方は注意が必要かと。


僕は非常に面白く読みました。

「エネルギー」とは何か?古代からの人類とエネルギーの関係、化石燃料の発見、

20世紀の核分裂発見までを概観。

そして第二次大戦における原爆使用から、戦後の原子力発電に至る流れをイラスト付きで説明します。


これでもかという位にナナメからの視点で。


とにかくイラストが秀逸なんですよ。


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のっけからこれですからね。どんなテイストかお判りかと思います。


絵は言葉より雄弁。イラスト見てるだけで楽しくなります。


そう。


楽しいんですよ!歴史や社会の暗部をしっかり描いているのにも関わらず!



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中性子投げ!!



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ボカーンがやりたくて駄々をこねる海軍!!


もちろん、原発の問題点についても外してません。

例えばウラン採掘。


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労働者に及ぼす健康影響について、怪しい統計を持ち出す富豪。

彼の尻をドリルが狙ってます。



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推進派が主張する「リスク受忍論」もこの通り。

真に受けて安心してた男は木っ端微塵になっちゃいました。


ところで皆さんはエイモリー・ロビンスの名前をご存知でしょうか。

著書『ソフト・エネルギー・パス』で、低炭素社会を提唱した科学者です。

まあ実は僕も読んでないので偉そうな事は言えませんが、

原発の出すCO2を燃料採掘時から検証しているそうなので気になってる人です。

なかなか無いですもんね。火力と原発の発電時限定でない、総CO2排出量比較って。


そんなロビンス氏も本書ではこの通り。


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腕三本www


ちなみに現在のロビンス氏のインタビューがこちら


原子力は気候変動を悪化させる (Democracy Now!)

http://democracynow.jp/video/20080716-2
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まあ髪の毛は仕方ないですね。30年前の本だし。



軽妙洒脱なイラストで、判りやすく面白い本ですが、内容的には非常に真面目です。

何よりこの本が出版されたのはチェルノブイリ以前。

スリーマイル(TMI)事故が最新の破局事故だった頃です。


「このまま原発開発が続けば、第二・第三のTMI事故が起こるのもそう遠い未来のことではないだろう。

 問題はそれがいつ、どこで起きるかだ。」(P170)


第二は1986年4月26日、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故。

第三は2011年3月11日、日本の福島第一原発事故。


正確に未来を予言していました。



尚、最初に注意書きした社会主義思想の件ですが。

本書では後半、あるべき社会の形としてソフト・エネルギー社会を提唱します。

その為の一環として現在の資本主義体制から、計画経済に移行する必要を説いているんですね。


この部分には警戒心を抱く方も多いと思います。僕も基本的にはそうです。

出版当時の情勢を考えれば無理もないですが、中国がやたら好意的に描かれているのも難有りです。


ただ全体を通して見れば、本書はスターリン主義に象徴される警察国家を明確に否定し、

民主主義の立場から原発を否定しています。

つまり、あるべき社会の形を考える上で一部社会主義とも親和的なスタンスを取っている。


この立場だと理解したので、僕としてはOKです。



とにかくこの本、読後感が尋常でなく良い。オススメです。

昔の本ですが図書館でも読めるし、少々値が張りますが中古でも買えます(300円で買った僕は勝ち組)。

図書館のお持ち帰りコーナーで見つけたら即ゲットです!



※前回改善するって言ってたのに、結局長くなっちゃいました。

だって書きたい事がたくさん有り過ぎるんだもん。








2030年の原発比率について、政府の意見聴取会が始まりました。


「エネルギー・環境の選択肢に関する意見聴取会」

http://kokumingiron.jp/



さいたま市で行われた第一回について、さっそく記事が出てます。


原発比率 議論深まらず さいたまで初の聴取会 (東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012071590070945.html


「国民の声聴く気ない」エネ環意見聴取会 議論進め方 批判次々 (東京新聞)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012071502000118.html


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「意見聴取会」ですからね。

下々の声をわざわざ偉いお方が聞きに来て下さる会ですから。


ボディチェックなんて基本中の基本。


後ろのお父さん、短パンにサンダル履きとか何考えてんです。

偉いお方がいらしてるんですよ。男性は燕尾服・女性は留袖でしょうが。


すみません、またいらん事を言いました。

こんな事ばかり書くから無意味に長くなるんです。



東京新聞の記事にもあるように、今回参加者は事前登録済みのわずか170人。

発言はその内9人だけ。事前に選んだメンバーで、それも発言時間は8分。


これだけでもう、この「意見聴取会」なるものの茶番性が判ります。

発言が許された9人にしても、抽選の過程は非公開。


案の定、いつもの展開になりました。


東北電役員が原発推進意見=「やらせか」と一時中断―聴取会 (時事通信)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120715-00000079-jij-bus_all


電力会社の役員が平気で入ってるんですもん。


メンバーを官僚が選んでる時点で、もう方向性は決まっている。だから茶番。

レベル7の事故が起きた後でも、まったくやり方が変わりません。


本当はこんな「意見聴取会」なんぞではなく、国民投票を前提にした「国民会議」こそ必要なんですが。

ワークショップを繰り返す事で、僕ら自身の民度を上げていく作業。


今回の茶番は残念ながら真逆ですが、それでも抗議の声を挙げる人は多かった訳で。

官僚は変わらなくても、国民の方は確実に変わってるんですね。

絶望なんかしてる場合じゃなさそうです。



2030年の原発比率については、まずこの選択肢自体が眉唾。

こないだのNHKスペシャルでも議論してましたが、原発比率を減らす=経済危機の意見が

Nスペでもやっぱり出てました。


しかしこれは「原発以外の条件を全く変えない前提」での話に過ぎない。


実際には原発比率が減ればそれに伴って新たな市場が生まれる。

それが産業構造改革であり、まさに日本が進むべき方向なのだと。


お察しの通り、宮台真司氏の受け売りです。僕は宮台氏の考え方に非常に影響受けてますから。


「現実的」でないと思われるでしょうか?「理想主義に過ぎない」と。

でも飯田氏や古賀氏、金子勝氏らの見解をも含めて見た場合、充分に現実的な話です。

むしろ「世界は原発推進だから日本も原発を捨てるべきではない」などと言う意見こそ、

原則も何もあったもんじゃない極めて夢想的な考えだと思います。


「真の理想主義者は現実主義者でなければならないのと全く同じ意味で、真の現実主義者は理想主義者でなければならない」



また長くなっちゃいました。

ここ最近自分の意見ばかり書く癖がついたみたいで困ってます。


読んでてしんどいブログにはしたくないんですけどね。

自分で読み返しても思いますから。何が悲しくて自分で書いたブログ読んで疲労しなきゃならんのか。


という訳で次回以降改善しまーす。





★追記


東京新聞の記事では、今回の運営が大手広告代理店の博報堂である事に言及してます。

契約額は非公開。

電通と並んでよく耳にする名前が、ここでも出てます。






















毎週金曜日に集まる官邸前デモ。今日ももちろん行われました。


今日はテレビを見なかったので、報道の程は判りませんでしたが。

でもいいんです、IWJで見ましたから。


何ですかあの下品な鉄柵?

ああやって(文字通り)型に嵌めないと、何か不安なんですかね。


下品な鉄柵のせいかどうか判りませんが、今回は参加した人も全体を把握するのが困難だったみたい。

下品だけど、デモの勢いを削ぐには効果的な方法かも。


あれって、もう絵的に人々と話をするのを拒絶してますよね。

つくづく下品です。



ところで。


デモはあくまでデモであって、それ自体が何か強制力を持つ訳ではない。

投票に結び付けない限り、基本的に権力持ってる側からすれば痛くも痒くも無い。


よく「デモで何かを変えようなんて、民主主義じゃ無い」と言う人がいますが大間違い。

デモは元々暴動でも革命でもない。

国民の権利として憲法に明記された、自由な表現活動の一環です。


参加してる人達は、官邸に向かって「話をしましょう」と呼びかけているんですよ。

遠巻きに見てる僕らに向かって「大事な事を考えよう」と呼びかけてるんです。


それに対して鉄柵やレッテル貼りで答えるのって、単純に下品です。

デモは問題を提起してるだけ。試されてるのはデモじゃなく、政府と見てる国民の方。



とりあえず、そう感じたので。

デモに行かない分出来る事をやろうと、ネット署名しました。


署名活動するなら『署名TV』

http://www.shomei.tv/


他にも「オンライン署名」でぐぐると、色々な署名活動が見つかります。


とにかく機会あるごとに意思を示す。


Do or dieです。出来る事は幾らでもありますから。








キン肉マンがweb連載に移ってからは全然読んでなかったんですが。


先週号と今週号の特集が上祐史浩氏のインタビューだったので買っちゃいました。


いや面白かったですよ。


かつてオウム事件に関わった人間からの麻原観と、現在の脱原発運動への不満。


詳しくは、買うか駅のゴミ箱を漁るなりして読んで貰えれば良いのですが。

一応ネットでも要約が出てます。


週プレNEWS

http://wpb.shueisha.co.jp/2012/07/02/12311/


前編に脱原発の話が。上祐氏からはこう見えるんだな、と。


『サリン作って、炭素菌作って、自分達も死ぬ思いをして、死ぬ恐怖を抱えて革命しようと思った

 妄想で狂ってる人間達から見ると、「なんだよ、まだデモしかやってないんでしょう」って。

 「それで変われるわけないじゃん」って。』


確かに妙な説得力あります。こういう特殊な立場からのコメントは貴重ですね。

でも少しズレも。


『だから、少なくとも犠牲を覚悟して、「経済なんかどうでもいい。環境が第一だ!」「失業してもいい。

オレたちはそれで自殺はしない。だから野田首相ぜひ止めてください」って言えば、野田首相も止めるでしょう。』


脱原発=経済危機・電力不足・失業


上祐氏もこの構図の中で考えてるんですね。それもまた一つのフィクションです。


ちなみに後編も良かったです。聞き手の藤原新也氏と一緒に秋葉原事件を「家族問題」に

還元してる辺りはどうかと思いましたが。


週プレは他にも「これでいいのか脱原発」という連続企画も載せていて、今週号は第三回。

第一回は未読。読んどきゃ良かった。


登場する識者は第二回が佐々木俊直氏とモーリー・ロバートソン氏。

第三回が江川紹子氏と開沼博氏。


もう大体論調が判ります。

4氏の記事のキャプションを挙げると


佐々木俊直氏・・・「『落ち着く所に落ち着く』では、日本社会は進歩しない」

モーリー・ロバートソン氏・・・「日本だけ脱原発・・・って、どうなんだろう?」

江川紹子氏・・・「革命ではなく“条件闘争”が必要です」

開沼博氏・・・「“燃料”がなくなったら、今の反原発運動はしぼんでいく」


言っておきますと、それぞれの意見は非常に参考に出来る物でした。

ただ、4氏とも基本が上祐氏と同じ、脱原発=経済危機・電力不足・失業が前提。

その上で4氏とも「原発ゼロか推進か」は情緒的二元論だと批判されているのですが。


しかし脱原発=経済危機も、違う形での二元論ですね。

また、脱原発の声が「批判を許さぬ論理」(開沼氏)であるとか「罵倒型」(佐々木氏)であるとか、

「脱原発の目的達成の為なら科学的・経済的・現実的な検証をしなくてもかまわないんだ、という空気」(モーリー氏)

と表現されてる部分にはちょっと頷けませんでした。

どっちかと言うと、原発維持の声の方が「批判を許さぬ」雰囲気だと思うんですけど。特にモーリー氏の

言葉は的外れというか一方的ですね。何が「科学的・経済的・現実的」なのかが問われてるので。


それぞれ聞くべき意見ではあるんですけどね。肝心な部分が合わない。


そして皆さんお判りの通り、これって原発問題に対する週プレの立場そのもの。


先の4氏や上杉隆氏・古賀茂明氏・宇野常寛氏ら、若手の知識人を揃えて記事を書いてるんですが、

何というか、ある一線は越えない。変な所で保守的なんです。

そこがイマイチ好きになれない、僕が勝手に「おっさん予備軍用雑誌」と言ってる所以です。


あとこれ、書きたくないんですけど。

巻末にヌードグラビアが載ってまして。


「今年は節電コスチュームでエロ涼しい夏」

「節電上等!エコ万歳!」

              エコバンザイ\(^O^)/




こういうとこが嫌いなんだよ。



特集で原発問題やってたのは、こんなオチが待ってた訳で。







あいにくツイッターはやってませんし、

アメブロの「なう」は今ひとつ使い方が飲み込めないので。


ブログでつぶやいてみようっと。


●小沢新党に国民の期待薄。だから水戸黄門を待望してたらダメですって。

 小沢氏が胡散臭いのは当たり前。民主・自民へのカウンターは使うべきです。

 誰を選ぶか、でなく選んだ政治家を市民がハンドリング。


●パンダの赤ちゃん死亡。不吉ですね。

 生き物は死ぬ事をパンダが教えてくれた。福島の子供を20mSvの中に置いてる僕らに、泣く資格は無し。

 愛玩動物に対しての涙なら、それはパンダへの侮辱。


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 これと同じ。


●滋賀のいじめ自殺。だから今の僕らに怒る資格無し。市長も泣く資格無し。

 「力の無い者に歪みは押し付け」。今の大人社会を正確にトレスしてるじゃないですか。

 生きてる間は冷たかったのに、死んだ途端に心中カップルに涙するのに似てます。

 

●で、警察頼みですか。どんだけお上大好きなんだろ。

 死んだ子も浮かばれんわ。辛かっただろうに。

 上ではああ言ったけど、もう「社会」なんて存在してないのかな。あるのはシステムだけ。

 それなら仕方ない。けど子供にシステムに従う義務を求めるなら、大人と同等の権利も認めてね。

 

 

●ううむ。なんか違和感が。普通にブログ書く方が良かったかも。