ドキュメント東京電力 | テーさんのスミレカフェー

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今、田原総一郎氏の『ドキュメント東京電力』を読んでるのですが。


国家・官僚と電力会社間の、主導権を巡る暗闘のすさまじさ。


戦前は地域独占では無かったので、電力会社が800近く乱立してましたが、

その分競争も激しく、ダンピング合戦や違法すれすれの妨害工作も多かったとの事。


財界と政府の癒着・腐敗は著しく、世界恐慌が日本をも襲うにあたって、

「電力の国管化」を国民も支持した。


ファシズムの結果は悲惨な敗戦。


この時の経験がトラウマになって、戦後の電力会社は「国管理」を非常に警戒するようになったと。


電力側の論理で言えば、原子力は電力の独立を守る手段。

国・官僚側の論理では、エネルギー安全保障を考えない電力は「田舎の殿様」。

政治家は、両者の間を金次第で有利な側に付いていた形。


読んでると、官僚も電力会社もそれぞれに「日本の将来」を真剣に考えていた事が判る。

判るのですが、やっぱりどこかおかしい気がしました。


例えば1973年発足当初の資源エネ庁の官僚の言葉


「日本を除いて、世界の先進国の人間たちはしだいに“あることの怖さ”から“ないことの怖さ”へと認識を変えつつある。たとえば公害だ。これは、エネルギーがありあまっているがゆえに生じる害だが、こんなものは科学技術で克服できる。本当に怖いのはエネルギーがなくなることの恐怖だ。ヨーロッパやアメリカの連中は“ないことの怖さ”に備えるべく必死になっているのに、世界随一の資源小国である日本が無知というか、鈍感というか、エネルギーの安全保障について一番のんきで無防備で、原子力廃止、CTS(石油備蓄基地)反対などと、いい年こいた学者や、文化人と称する連中までもが金切り声をあげている。まったく腹が立つよ。無責任きわまる、あまったれガキがダダをこねているようなものだ。」(P132)


長い。よっぽど腹に溜まってたんでしょうね。


補足しておくと、この官僚の言葉は、もし半年間日本に石油が入って来なければ300万人が死に、財産の70%以上が失われるとの、当時の通産省の試算を下敷きにしたものです。


この危機感は本物だと思います。再エネは当時選択肢に無かったので、さもありなん。

現在中野剛志氏が主張されている安全保障論も、同種の危機感ですね。


なのですが、実際の所は公害を防ぐ事を結局しなかったのが官僚です。

違う道を探す事をしなかったのも官僚。

僕にはこの通産省(経産省)の「青年将校」から漂う愚民観が、官僚側の諸悪の根源になってる気がしました。


また、資源エネ庁発足に対抗して電力側も会議を開いている。

呼びかけ人は原子力界の陰のドンと呼ばれた、原子力産業会議の橋本清之助氏。

原子力を「ファウスト的契約」と認識しつつあった当時の橋本氏が、官僚の暴走を抑える国民組織として「原子力国民会議」を提案。


これに対する当時の東電会長、木川田一隆氏の言葉


「たしかに、国民、消費者の意見を聞く、いや尊重することは大事だと思うが、原子力発電所をつくり運営するのは電力会社なのであって、その責任のありかははっきりさせておかねばならない。国民会議というのは、一見民主的でよさそうだが、責任のありかがあいまいで、とんでもない暴走をしかねない」(P145)


この木川田氏の言葉も、戦前のファシズム化が国民の支持によるものであった事への警戒を踏まえて

います。


なのですが、結局原発の事故で電力会社は責任を取りません。



何でしょう。官僚も電力もそれぞれに未来を真剣に考えている。

でもその責任感が、余りに手前味噌な感じがするんですね。ハブられていたのはやっぱり国民です。


さて、残りを読んでしまいましょうか。この本は面白いです。

田原氏を見直す、と言っては失礼ですが、氏の発言の土台になっている部分が理解出来そうです。


でも今まで読んだ所、


誰も核のゴミについて言ってないのは何故なんだろうか。










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★5/26追加

本書の後半に、核のゴミについて触れた通産官僚の発言が出てました。


「彼ら(電力会社・科学技術庁)にやらせておくと、何だってドジにドジを重ねるのだ」


「あんなもの、黙って捨てればいいのですよ。アメリカだって、ヨーロッパの国々だって、げんに黙って捨てている。あなたの国の近くに、核廃棄物を捨てます、なんていったら、反対だ、といわれるのは当たり前、寝た子を起こすとはこのことです。そして、もしも断わるのならば、だ。ちゃんと根まわしをして、万全の態勢を整えてからいうべきなのに、全然根まわしらしきものをやっていない。全くのいきあたりばったり・・・。戦略というものが決定的に欠落していて、まるで自殺行為。ドジとしかいいようがない」(P242)


核のゴミ、というものを浅く浅く捉えてますね。

そんな事より主導権争いの方が100倍気になってたんでしょうか。


これが我が国のエリートの姿と思うと、もう脱力。