先日、3月23日は母の命日でした
もう8年経ちます
母は50代から難病を患って、
父が長く自宅で介護していて、
ゆっくり弱って、穏やかに亡くなりました
今年もあの日と同じような、
晴れて明るく、暖かい日でした
今、少しずつ断捨離を進めていて、
ちょうど命日だし、
荷物の奥底にしまってあった
アルバムや写真の整理をしました
何度も引越しを重ねて、
膨大にあった写真も、厳選して
小さな一箱にまとめて1つだけです
母の遺影はすぐ出てきました
亡くなる何年も前、
自宅で喜寿の祝いをした時の写真です
もう外出をすることも
できなくなっていましたが、
ちゃんと化粧をして、いい服を着て、
アクセサリーも着けました
箱の中には、写真以外も
ほんの少しだけ混じっていて、
小学生の時の日記が出てきました
そんなものがあったことも、
とっておいたことも忘れていました
「へえ〜こんなのとっておいたんだ」と
ぱっと開くとそこには
こんなことが書いてありました
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5月14日日曜日
「母の日のプレゼント」
今日は母の日。何かプレゼントをしなくっちゃ、と思って
貯金ばこをあけてみた。
「どうしよう、30円しかない!」
といっても実はもう1つ貯金箱があったのだ。でもこれは
わたしが大事にしてまだぜんぜんあけたことのない貯金ばこ
なのだ。なぜかというとそこをカン切りで開ける、一度あけた
らしめられない貯金ばこだからなのだ。
「どうしよう。」
いろいろなやんだ。あけるのはもったいない、プレゼントは
どうしてもしたい。弟に借金をすれば真心がこもらないし、
お母さんからもらうなんて!←マサカ…できないし。手作りも時間がない。
ついに心をきめて顔をキュッとひきしめて台所からカン切
りをとってきた。
ジャグ、ジャグ、ジャグ…ジャラジャラ バラバラ
いそいでお金をもって家を飛びだした。ずいぶん長いじかん
なやんで 赤とピンクのカーネーション、白い小さいお花の花た
ばを選んだ。本当は手さげもプレゼントしたかったけどそれ
はたん生日にまわそう。
いそいで、とにかくいそいで家にかえった。ちょうどお昼前で
ある。花束をうしろにかくして家に入った。
「ずい分おそかったわね、どこいってきたの。」
お母さんに聞かれたので、わたしは少しとくいになって花
束をさし出して、言った。しどろもどろに。
「これ、ずっと迷ったけど…お母さんにあげる。」
「まあ、きれいじゃない。すぐ生けましょう。」
「本当はもっとプレゼントしたかったけど、ごめんなさい。」
「まあ、いいのに…。」
お母さんのこまったような笑顔がとてもうれしかった。
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泣いたよ、泣いた😭
なんでこの作文が出てきたの?
どうしてこのページを開いたの?
どうして今日なの?
母は優しい人でした
優しい以外ないような人でした
「まあ、いいのに…」
母はいつもこんな調子でした
いつも自分を後回しにして、
自分のためには何も求めないで…
そして、「ありがとう!嬉しい!」
とストレートに喜ぶんじゃなくて、
困ったようなはにかんだような
わかりにくい反応をするのです
でも私には母の気持ちがわかりました
そんな不器用な母が大好きでした
そんな母が大好きだった気持ちも、
小学生の子供っぽいピュアな自分も、
遠い昔の彼方に忘れていました
私は親孝行をしませんでした
実家を飛び出して帰りませんでした
そしたら旅行もプレゼントもできない
寝たきりの病気になってしまいました
「本当はもっとプレゼントしたかったけど、ごめんなさい。」
それは今の私です
でも一方で、自分も子供を持ったから
わかるのです
私は、存在するだけで親孝行だったんだと
小学生の純粋なエリちゃんが
何にもできないけど
「お母さん大好き」
と思っているだけで、
母は幸せだったのだと
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という作文を同居のめぐちゃんに見せたら、
「どうしよう、30円しかない
って、今も全然変わってないね」
と指摘されました(そこ?)
せっかくいい話だったのに、
私の涙はどこへ
引っ込めればいいんでしょう🤣
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日頃、魂は永遠と言ってる私です
人は死なないと信じている私です
母はずっといる
母はそばにいる
母は見ていてくれてる
改めてそう確信した命日でした
前世療法を日々行なっていると、
ヒプノセラピーを知れば知るほど、
驚くべきシンクロニシティを
経験することになります
そんな奥深い世界に、
あなたも足を踏み入れて
実感してみませんか?