真実のノート -57ページ目

最終話『真実のノート』

帰りのタクシーの中で

今迄の事が、全部一気に
胸に込み上げ… 思わず

大声で、泣き出しそうになったが…


あの…喫茶店の前に

車がさしかかると…

不思議と、溢れ出しそうな
涙が、止まった。


私は、タクシーを止め…

(カランコロン♪)

喫茶店の鈴を、鳴らした。

「!?」

そこには、いつもの白髪のマスターの姿は無く!?

変わりに、見るからに 若い 24~ 5才の 娘さんが、 コーヒーカップを 磨いていた。
彼女は、入り口に立つ 私に 「いらっしゃいませ!」

と はち切れる様な 眩しい笑顔を見せる

その、笑顔が 何処となく
マスターに似ていたので

すぐに、身内だな!と分かった。

「あの…いつものマスターは?」


それでも 何となく 不安になり、私がそう訪ねると!?

彼女は 「あっ もしかして!?」

といい… 慌てて 私に駆け寄ってきた。


そして

「あの…もしかして おじいちゃんが言ってた、人って貴方ですか?」

と 聞いてきた。

訳の分からない質問に

「あの~」

と、私が 戸惑っていると
彼女は 「あっ ごめんなさい!♪この空の下にいて…を お爺ちゃんに聞いた人でしょう?」

そう言って、いたずらっぽく私の顔を、覗き込んだ。
「あっ はい そうです!」

慌てて、そう答える私

「やっぱりそうだ!」

そう言って 彼女は 更に
(ニコリ)と 笑った。


そして

「お爺ちゃん…今ちょっと旅行に行ってて、私お留守番なんです!お爺ちゃん…貴方の事とっても、気に入ってて、この旅行でお土産を買って来たいって 言ってるんです 貴方が来たら住所と電話番号聞いておくように頼まれました。」
そう言って、彼女は 一冊のノートとペンを、私に差し出した。

私が
「お土産なんて、とんでもないです!」

そう言い、慌てて彼女に ノートとペンを、返そうとすると!?

彼女は 強引に、私にノートとペンを突き返し!

「どうしてもって 言われてるんです!今頃、お爺ちゃん、貴方に、お土産買ってますから!お爺ちゃんの気持ち無駄にしないで下さいお願いします。このノートに住所と名前書いて下さい!」

そう言って、再びカウンターの奥に小走りで、引っ込んで行ってしまった。

(…困ったなぁ~)

私は 戸惑いながらも、そのノートとペンを受け取ると
彼女に、ミルクを注文し
いつもの、窓際の席に腰を降ろしました。


そして…渡された青いノートの、1頁目をめくり…自分の住所を書こうとしたのですが!?

いつ戻れるのか、分からないので、実家の住所と、電話番号を書き入れました。
そして


(パタンッ)

ノートを閉じると!?


青い表紙の真ん中に さっきは、気が付かなかったのですが!?

『真実のノート』

と、黒い文字で 書かれて有りました。


(真実のノート!?)


(真実…)


(し…ん…じ…つ)


(し…ん…)



私は、思わず、もう一度ノートをめくり…


ペンを走らせました。


何故、こんな事をするのか!?

自分でも、全く分からぬまま…


ただ…大への気持ちが

溢れでて…

まるで…いけない事をした子供の告白の様に…

私は ノートに…自分の今までの大への気持ちを
吐き出す様に、書き入れました。

最終話『真実のノート』

大「おーい!お昼やで! 彩香は、又パスタかいな?」

(クスッ)


こんな時なのに、大のメールは、いつも私に笑みをくれる…


そして…


時折、吹き上げる突風に
舞い上がる銀杏の葉が

路面に、再び落ちるのを待ち…


「だ…い…」


私は、大に…


最後のメールを…打った。


彩香「大…なんかわたしぃ貴方の事、飽きちゃったみたい! ごめんね…飽きっぽくて… 他に男出来たし… 彼女大切にして…
さようなら…」


私は、最後の最後まで

『彩香』でいる事を、選んだ。


そして…ためらう事なく
送信ボタンを、押した。




突風が、再び 容赦なく

心と身体…全てに 強く

吹きつける!!



(メルアド…変えなきゃな…)


私は、卑怯な人間です。
自分で仕掛けておいて…
次の大のメールを、開く勇気が持てません…



私は、二度と… 大からの
メールが届かぬ様に…

アドレスを、変えた…



彩香… 貴方は… かつての私…

人生、悔いなく生きて行く
人間なんて…いないのかも知れない…

けれど、私は 自分の過ちを認め…

今の自分を、誇る事が出来なかった…

それは…宏樹と、歩んで来た道…

元気に生まれて来てくれたまなとりんをも、否定する事であり…

今の自分を、輝かせられないのは…

何もかもを、諦めてしまった、自分自身のせいなのに…
それを、忘れて… 私は 過去に時計の針を戻そうとしてしまった。


きっと…神様は そんなバカな私に、罰を与えたのだ…


大切なのは… 偽って 過去を振り返る事では無く

年老いてゆく、自分自身を 誇りに思える生き方をする事だったのに…

私は、そんな 歪んだ心のゲームに、14才も年下の彼を、引き込んでしまった!!

自責の念が、心に痛く突き刺さる…





(ごめんなさい…大…)

そう呟くと…

私は 一瞬だけ 曇りがちな
空を見上げ…



銀杏の並木道を、後にした。

最終話『真実のノート』

11月20日(木曜日)


午前5時03分


(ピピピ…♪)


無情にも、メール音が鳴り響く…


大「おはよう!彩香…昨日は、ごめんな…今日レストランとホテルの、ピックアップしとくな…」


(やはり、大からだ…)


私は、力無く 携帯を握り締め…


「うん…分かった」

と、書き、送信ボタンを押した。


この後…大は、お風呂に入る。


私は、朝食の準備にとりかかり…今日も相変わらず、時々、襲ってくる、 強烈な吐き気に顔を、しかめた。


今日は、朝10時から 胃カメラ検査の予約が、入っている…


目玉焼きの火を(小)にし、 フライパンに、フタをかぶせると…


(ピピヒ…゜♪)


大からメールが…


「ほな、会社行って来ます。」


(…………)


私は、無表情のまま


「行ってらっしゃい…気をつけて…」

と、送信


その後…まなとりんを 学校に、送り出し…


病院へ向かった…



胃カメラ検査の後…

まだ 麻酔で 少しぼっとしている私に、医師は、こう告げた。

「ご家族の方は、いらっしゃいますか?」


………………と


(やはり、そうか…)

医師のその言葉だけで 全てを…把握した私は…

医師に言った。


「母親と小さい娘が、2人居ますけど…私は 大丈夫です。先生 はっきりおっしゃって下さい!」


(もう…覚悟は、不思議と出来ていた。)


自分の身体は 自分で分かる と言うのは 本当の事なのかも、知れない…


「そうですか…」と言い 一呼吸おいた、医師は
私に告げる…


医師「分かりました…はっきり言いましょう…貴方の胃カメラ検査の結果ですが胃の中に腫瘍が、認められました。おそらく、形から見て、悪性の可能性が高いと思われます。詳しくは 入院をして貰って、更に詳しい検査をしてからでないと判断が出来ません。
明日で結構ですので、入院の準備をして 来てください… 」


「はい」

私は 医師の言葉に、意外にも冷静にそう答えて 深く頷いた。





病院の自動ドアを抜けると
冷たい突風が、容赦なく
頬を打ちつける…


私は、並木道を歩いた…

下を向くと、すり切れた靴の下に… 『まだ かつて生き生きとした、銀杏の葉であった!!』と、訴えかける様に…その葉は、原型を留め… 時折吹きつける突風に耐えながら、道いっぱいを、黄金色に染めていた。


私は、 そんな銀杏の葉を一枚拾い…そっと、肩に乗せて見る…

(これは…あの日舞い降りた、銀杏の葉なのかも知れない…)


そんな事をふと、思いながら…私は、3番目のベンチに 腰を降ろすと…

バックから 携帯を取り出し…電源を入れた。



実家の母は、何て言うだろう…!?

まなは?


りんは?


私は…あの娘達の成長を もしかしたら…この目で見れないのかも知れない!?


そっと…瞳を閉じて…

あの娘達の、成長した姿を 思い描いて見る…


すると!?

まだ、昼間だというのに
車の音も…

何処かで、子供達が遊ぶ
はしゃいだ声も…

音という音が、一瞬で消え
静寂な、闇に変わった。

そこには、美しく成長した
まなとりんが笑っていた。
楽しそうに…

幸せそうに…

ただ、笑っていた。


そっと…目を、開けると
街の音が、一斉に戻ってくる…


そして、私は 実家の母に電話をかけた…


私の告白に母は、泣きながら…

「アパートに行くから 帰りなさい!」

と、言った。

次は、宏樹の携帯にコールを入れる…

宏樹は 「今、何処だ!!すぐ行く!!」

と、耳が痛くなる程の大声で、叫んだ!

私は そんな宏樹に

「大丈夫だよ…1人で帰れるから…仕事が終わったらアパートに来て…今後の事を話そう… 」

そう言って 携帯を切った。


そして… ふと 気が付くと!?

大から、メールが、届いていた。