電車内で大声で話す連中と、電車内でこそこそ話す携帯電話ユーザーとどちらが悪いかと言われると、私も返答に困る。
どっちでもいいけれど、公共の場では他者に迷惑をかけないように心がけるのが社会人だと思う。
やむを得ない事情であるとか、そもそも大音声でなければコミュニケーションがとれないときなどは、仕方ないと我慢する。
マナーがどうとか善悪をどうこう言う勇気はない。
ただ、ただ、混雑する電車内でより一層の不快要素は取り除いて欲しいと願うばかりの小市民である。
なぜ携帯電話での会話が悪いかを論じているのではない。
うるさいので、急用でなければ騒音を上げないでいてくれればそれでいい。
小声ならいいか?場合によりけりだ。ガラガラの車内で携帯電話で話すのはさほど迷惑だとは思っていない。
そう。混雑する車内でなければ、私は案外、寛容なのだよ。
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12月の連休は年末を控えてどこの会社も押せ押せの多忙期になる。
連休は嬉しいのだが、その分、平日にしわ寄せがきて、つい帰宅時間も後ろにずれがちである。
加えて、忘年会のシーズン。お買い物のシーズン。子ども(精神年齢も含めて)たちがアルミでできたバルーンを持ってネズミの国へ行く季節である。
その日は、ちょっと帰宅が遅れた。どうも帰宅ラッシュの終盤にさしかかった電車に乗り込んだようだ。
遅いついでに並んで始発駅で着席した。
となりに座った男が身体で巻き込むように携帯電話に口を寄せている。
ぼそぼそ声が聞こえる。パラパラといくつか単語が聞こえる。
「今電車だからさ」
「うん、うん。だから電車だからさ」
「いや、そういうつもりじゃないけれど・・・電車だから」
どもう相手は仕事で会話している感じがしない。
家族か何かだろう。
「分かるよ。うん。間違ってないけど、ほら、今、電車の中だから」
電車の中であることは充分理解しているようだ。
ひょっとすると『電車の中だから』の後は『切るよ』と続けるのかもしれない。
しかし、ずっとぼそぼそ話し続けながら、一向に電話の会話は止めない。
『切るよ』と、いつ言うのだろう。
始発駅から電車は20分、30分と走って、その間にも7つの駅で停車した。
話しが長引くなら、途中の駅で降りて、落ち着いて話せばいいじゃないか。
細長い手足で携帯電話を持っていない手で口元を覆い、男性は話し続けた。
つり革に捕まり、男性の前に立ちはだかるおじさんが露骨に嫌な顔をする。
「ああ、そうじゃないんだよ。うんうん。僕を信じていいよ。でも、ほら、電車の中だから」
『電車の中』と『だから』の間には微妙な声の違いがある。
『電車の中』は相手に分かるように明瞭に。『だから』は全て母音のあああで綴られる。まるで『あああ』と悲鳴を上げているように。
だからの『ら』に至っては、『あぁーー』とさえ聞こえる。しかし男性は決してその後を続けない。
あーの悲鳴の後と、少しの間は、相手に投げる悲鳴に対する答えを待っているようだ。
「ファイナルアンサー?」と聞くように。
「ファイナルアンサー」と答えるように。
この男性が、察してちゃんと呼ばれる種族ならば、電話の相手も空気読めない族かもしれない。
延々続く、「・・・電車の中だから」会話はいつ終わるのだろう。
30分が少し過ぎてJRと乗り換える大きな駅に着いたとき、ぐわっとひときわ大きな集団が乗り込んできた。
部活帰りの男子高校生の集団。
大きな身体で揃いのジャージ。電車に乗り込む前から、サルのような声で話す奴、電車の中なのに、友人の肩にぶら下がる奴。
さながら、電車の中が部活の部室になった騒ぎだ。
うぉ、とか、まじ、とか訳のわからん言葉が私の周りに流れ出した。
そのとき。
「静かにしろ!」
隣の男性が腰を浮かして高校生を一喝した。
手に携帯電話を持ったままで。
一喝された高校生達は少し下がって、口々に「すいません」と言い、おとなしくなった。
「電車の中なんだからさ、頼むよ、もう」
そう言うと、男性は満足げに席に座った。
支線乗り換えの駅に着いたので、高校生が降りていった。
何人かは男性を振り返りながら。
それにしても、おまえが言うか?
周りの目も気にせず、男性はまたかじりつくように携帯電話に口を寄せている。
「うん,違うよ。エミちゃんじゃないよ。ほら、電車の中だからさ」
あんたの『電車の中だから』はどういう意味なのだ?
聞きたいという衝動にかられたのだけれど、いつもの駅で普通に降りることとした。
混雑した電車の中はうっすら汗をかいたのだけれど、降りた駅は師走の寒さだった。
毎日のうち、往復3時間、電車の中で過ごす。
それでも今年はあと少しだ。