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働きアリのブログ

働いても働いても遊べません

 他の授業と比較ができない。


なにせ、私にとって一番最初の授業だから。


時間は守らないし、入室したからといって、すぐに授業が開始されるわけもなく、爺さんがごそごそ乗り遅れる間に、時間は笑うように流れていく。



世の中の医療に関する関心はいつだって高い。学者達がどれだけ狭義な話しをしようが、政府がそれをなだめすかしたところで、誰もが批評できるし、身内や自分自身の話しは3晩続けてだってできる。



応募数も多分、相当あったであろう。
教室は老いも若きもあふれ、熱気に満ちていた。


ようやっと席に着いた爺さんは、PCの操作に不慣れなことをわびもせず、
「こういうことは、私のところの学生が率先してやってくれた」と言いながら、画面をなかなかプロジェクターに繋げられないでいた。


なんだかんだと文句を言うのだが、一向に接続できない。


「どーすんだよ。金払ってるんだぞ。」
隣の若い男性から、小さい声が聞こえたが、私も同じことを思っていたから、私がうっかり発した言葉かもしれないと思って、ぎくりとした。


「そこのあなた!」
はい?私?

爺さんは、一番前の席をぶんどった私を指さした。人を指すのは失礼だろう。
「あなたね、PCお詳しいでしょうから、私の助手をやりなさい」
え?なに?助手?

「これ、繋いで、パワーポイント写るようにして。その間は、あなた、あなたが資料を皆さんに配布しなさい」
あなたと次に呼ばれた隣の若い男性は、爺さんにわかるように舌打ちをしながらも立ち上がった。


はぁ。まぁ、皆さんのためならやりますけれど。
しかたなく立ち上がった私は、プロジェクターのケーブルをPCと繋いで、画面接続、切り替え。
「これで、スライドが出ますから」そう爺さんに伝えた。


スライドの切り替えまでやらされるようだったら、文句を言おうと身構えていたが、爺さんは、
「ああ、もう、席に戻りなさい」ときたもんだ。


席について私は爺さんの顔を見た。ありがとうは?礼を言うのが大人でしょう?
爺さんは視線を合わさずに、入歯であろう口元を緩めていた。



こうして、二人のにわか助手を仕立てたあげく、さて、授業が始まるのかと思いきや、
「私は長い時間話せません。口元が乾くので、失礼してお茶を時々いただきます」と、かばんから小さいポットを出し、くぴくぴ飲み物を注ぎだした。


もう一度書く。
教室は満席で、私達はずっと待たされていた。予定の時間からもう、30分は経過している。
もう1分だって待てない。



「あー、出席はどうやってとるの?」
をい!そこか?
隣の男性が舌打ちをした。


「あー。皆さん初めてなのかしら?誰か分かる人?」
窓側の男性が主席簿を回してサインする方法を提案した。
時間の短縮になるからと理由を付けて。


ようやく始まった授業の冒頭、爺さんが自分プロフィールを語った。
そして、今現在も他校の教壇に立っていること、この授業は学長から直々にお願いされて引き受けたこと。
「私は偉いのだから、あなたがた、私の授業を受けられることを光栄に思いなさい」

爺さんの自己紹介は要約するとそのように聞こえた。



授業の内容は、保険医療制度を全く知らないとやや辛いものだった。
副読本を読むように資料にあったので、おおかたの人はそれを読んでやっと理解できるものであったろう。

授業の目的はそこから問題提起をして、解決の策を探ろうというものだった


途中、予定していたプリントの枚数が足りなくなり、学校の事務局を教室に呼びつけて叱責したり、授業の時間割を理解しておらず、休憩時間を減らしたりした。


「ここは、そこのあなた、読み上げなさい」などと、ときおり人を指してプリントを読ませたり、教えてしんぜよう感で満タンの授業だった。


10年位前だったか、その爺さんは私に声をかけてきた。
「あんたの言う、その技術で、本当に世の中は助かるのかね?」
私は今、発表を終えたばかりで、高揚感に浸っていて、控え室に入ったばかりだ。
突如表われた、大きな造花を付けた人物を認識できないでいた。


その日の私は岩手で自分の仕事の発表を行った。
発表の主催事務局はチンケな発表をする私を『先生』と呼び、50分もの枠を与え、お茶も、弁当も控え室まで用意してくれた。
私が経験した余所の発表の場で私は『演者』と呼び、学生と同じく、20分の枠で質問も回答もこなさなければいけないのに。

受付で、『先生』である私は胸に造花を付けられ、随分照れくさかった。


目の前の爺さんは私の造花の10倍は大きなものを胸に付けていた。
造花には「大会長」と書いたリボンが下がっている。杖をついた小さい爺さんだ。


「実証実験の段階で、評価は良いほうでしたが」
聞いていなかったのか?と思い、私は不機嫌に答えた。


「あんたね。実験と世の中は違うよ」
大会長はそり返り気味に私に指を突きつけて、意地悪そうに笑った。


何か言い返そうにも、とっさに思いつかないでいるうちに、さっさと退室されてしまった。
画としては、役にも立たない技術をエラそうに論説吹いている女性研究者にもの申す大会長と言ったところか。
悔しいよりも、わざわざ厭味を言いにくる暇な大会長に呆れて、トンボ返りしたのを覚えている。


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この話しを当時の職場に帰って話すと、私のような似非研究者ではなく、本物の研究者達が皆、同情してくれた。
最後には、爺さんはアリに惚れたという尾ひれまで付いて。


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それからしばらくして、通信制の大学に入り、初めての面接授業を受けた。
どれを選ぼうかと科目選択に迷ったのだけれど、比較的楽そうなものを選んだ。だって新入生だもの。
いい歳をして膨れたプライドを1科目目で潰さないために。




授業当日。
面接授業の教室は60人ほどの人が入り、授業の開始時刻になっても到着しない講師を待って少しざわついていた。
5分。10分。

15分ほどして、やっと教室の戸が開き、杖をついた小さな爺さんが入ってきた。


「!!」


やや、経年変化が見られ、いっそう小さくなったようだが、あの時の「大会長」だ!
(もちろん、造花もリボンも付けていないが)


どうしよう?眠気が起きないよう、一番前の席に座った私!
いや、いや、焦ってはみたが、どうせ爺さんは覚えていないだろう。
昔のくだらない尾ひれを思い出して、一瞬、汗が噴き出たが、考え過ぎだ。
だいたい、私だって経年変化が著しいのだから。


そうして、思いもかけず、私は爺さんの授業を受けることとなった。


その日は夫がいっしょに帰ろうというので、乗り換え駅で待ち合わせをしていた。


まだ松も明けていないせいか、乗り換え駅のショッピングモールを兼ねた通路は通勤客と買い物客でごった返していた。


通路の壁には謹賀新年のポスターとスカイツリーのポスターが並ぶ。



通路の途中には宝くじ売り場があり、新しく買うのか、年末に購入したくじを替えるのか、人が二重、三重に並んでいた。

デパートから吐き出された客は初売りの大きな荷物を抱え、歩みが遅く、私のような通勤客に意地悪に問いかけているようだった。



そんな「まだ正月だよね?」とプラカードを掲げたような年明けの人のデモ隊の後ろをおとなしく歩いていた。




待ち合わせ場所に急ぐ私の前には3歳、せいぜい4歳位だろうか、かわいらしい女の子と今風のママが歩いていた。
無理に追い越せないので、仕方なく後ろに居た。


女の子はママの手を引きながら、スカイツリーのポスターを順に指さしながら歩いている。


「ママはまだ、1回しかスカイツリーに行ったことないよ」そう母親が言った。


女の子はくるくるとしたかわいい声で、
「あたしはねぇー、たっくさん行ったよ。毎日スカイツリー上ってるの。」
と嬉しそうに答える。


「そうなんだー」と母親は抑揚のない言葉で相づちを打った。


「今日も行ってきたんだよ。朝も行ったよ。人一杯居たよ。毎日行ってるからわかるもん」


女の子は繋いでない反対の手を振回して大きな輪を何回か描いた。


母親はその手がすれ違いの人に当たっても、女の子を見もせずに歩いていた。


「それでね、それでね・・・」
女の子はなおも話しかけている。きらきらした笑顔が子どもらしく、かわいさが一層増していく。



親子の歩みが緩んだので、私はそれを機に二人を追い越すこととし、抜き際に母親の顔をチラ見した。



疲れた顔。
とても正月気分とは思えない。
今風な美人さんではあるが、何故だろう、何かを抱えたような無表情な顔であった。

母親は、はっとして私の視線を感じたのか、一瞬、まともな顔に戻ったような気がしたが、またすぐに無表情に戻った。



女の子はまだ何か話している。
多分止まらないであろう。


この子は話しながら、だんだん声や身振りが大きくなり、酔いしれていく。

くったくのないその話しに何かとてつもない闇を見た気がした。



子どもの虚言癖。

世の中では、たわいもないことと片付けられるだろう。


過去にはこの母親もこの子をたしなめたたことであろう。


そして、叱った親が「悪い親」としてこの子の物語に登場する。
「あたしが『お話し』するとママが怒るの」


怒りから絶望、無関心へ移行したのかもしれない。


疲れた母親の顔には怒りも落胆も無かった。

ただ感情も表情もなく、娘に手を引かれて歩くだけだった。



この母親はどうしたら良かったんだろう。

「そう、たくさんスカイツリーに行ったのね。でも、ママは1回だけど、すごく楽しかったよ。また一緒に行こうね」

そんな言葉でこの子の心は満足できただろうか。


話しが進むうちに、流行の子役のように大げさに笑顔になっていく様子を見て、無力な母親が気の毒だった。



うそ替え
http://www.yushimatenjin.or.jp/pc/saiji/usokae.htm



正月行事もそろそろ終わりつつある。