GWもはるかひと月も過ぎ。
新型インフルエンザの話題も少々古臭いなか。
朝のラッシュ時にどでかいスーツケースを持った女が乗っていた。
乗っていたんだから少なくとも私が使っている田舎駅より遠くから乗っていたんだろう。
混雑率は90%程度。
学生もカバンを置いて乗っているので、車両はやや混雑。
女は傷んだ髪にこってり化粧。頭にはサングラスをのせている。
陽に焼けた腕をTシャツから出し、短パンからすんなり伸びた足の先は花がついたビーチサンダル。
ここはハワイか
♪♪♪
大音量で鳴り響く浜崎某系の携帯着信音に驚いて振向くと、デコトラのごとくジャラジャラした電話を持つハワイ女が答える。
「っぁたしぃ~~。(^O^)。え?うん。ハッピーよ」車内での携帯電話のマナーなんかどうでもいいらしい。
「っぅん。あ、そう?マジピンクなの?ってか、やばいじゃん。あー。ぁーー?・・・・わかった。かえるわ」
平仮名とカタカナだけで会話を終了させると、
肩にかけていたバッグから、化粧ポーチをジャラジャラさせて何かを探してる。
「まじかょ。たっりぃー」
などと悪態をつきながら探すもお目当ては見つからなかったらしい。
やがて。
人が駅に着くたび混雑が増していく。
ハワイ女の周囲だって人が増えている。
ところが。
「ちょ。すいません。」
というなり、こいつ、どでかいスーツケース開けやがった。
中はギュウギュウだったらしく、X字になったバンドの端から、なにやらこぼれる。
それを拾うことなく、ハワイ女が何かを探している。
「っち」「っかしぃなー?」「やべっ」
探すうちにボロボロこぼれる諸々を周囲の人がハワイ女に手渡す。
「あ。ども。はい。すいません」拾ってくれたことに感謝を示すが、そもそも満員電車でスーツケースを開く暴挙を迷惑だとは思っていない。
人が押し寄せるとスーツケースごとズリズリと移動するだけだ。
♪♪♪「多分、浜崎某の曲」
大音量で鳴り響く携帯電話の着信音。
「っぁ?おつかれぇ。今探してるんだけどさー。わかんねーの。・・・うん。ぅん。・・・ぃゃ、ママが詰めてさー。知らねっつーー。あ、うん。マジ、わりぃ。なんとかするからさー。あ。あった!おう。うん。ありがとね。うん。じゃね」
電話しながら、ハワイ女が手にしていたのは、ピンクの口紅。
安心したのか、スーツケースを開いたまま、バッグから手鏡を取出し、しゃがんだ、その場で塗りはじめた。
化粧も止めようよ。マナーだろ?
次の瞬間、電車がガクンと揺れた。
緊急停車のアナウンスが流れ、急ブレーキがかかった。
立っていた多くの人がよろけた。
ハワイ女は・・・・・。
己のスーツケースの中につっぷしていた。
「ったく。」起き上ったハワイ女の口からはチョークのようなピンクの口紅がべーーーーーっと横にひかれていた。
「大丈夫ですか?」近くに居た女性がとっちらかった荷物をカバンに戻してあげる。
「ああ、ありがとうございます」などとハワイ女は答える。(口紅べーーーーーの状態で)
「危ないから閉めちゃいましょうね」女性がバッコンとスーツケースを閉じる。
「はい」ハワイ女が頭を下げる。(口紅べーーーーのまま)
そのまま、誰も何も言わず、車内は静かになった。(ハワイ女の口紅はべーーーーーのまま)
やがて、電車がターミナル駅に着き、ホームには先に居たらしい、ハワイ女の友達が立っていた。
混雑する車内から手を振るハワイ女。(口紅べーーーーーのまま)
振返す友人達。
ドアが開き、どやどや人が下りて、ハワイ女が友人と合流していた。
「口紅、急にピンクに揃えるっていうから、焦ったよぉーー」
「うん。うん。似合ってるよぉーー」友人がニコニコして答える。
「行こう!こっちだよね?」
ハワイ女は口紅べーーーーーのまま。
友人達はいつ言うんだろう?
電車内で迷惑をかけたんだから、暫く、罰ゲームとしてそのままにしておいてやってくれ。
口紅べーーーーーのまま